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第29話 続・山田オッサン編【21-6】#
「──ッ、ちょっ、コラ!」
いつまでも解放されないことに焦って押し返すと、佐藤は山田の右手を取った。笑いの形を作る唇が薬指の金属に押し当てられる。
「お前、すげぇ酒くせぇよ」
「しょーがねぇだろ、すんげー濃いハイボール飲まされて来たんだから! てかナニ、家の近所でディープな路チューなんかしてんだよ!?」
「お前が誘ったんじゃねぇか」
「誘ってねーしっ、俺はちょっとこう、チュッとな」
「お前からされたら俺が我慢できねぇってわかってんだろ?」
佐藤は低く言って指輪ごと薬指の付け根を甘噛みし、唇で包み込むように舌を這わせて指先まで辿った。山田がひとつ震えて目を細める。
「そっちこそ……」
吐息の中に交じる小さな呟き。
睫毛の下で甘ったるく弛んだ眼差しが、批難の色を滲ませて佐藤を捉えた。
「お前にそんなふうにされたら俺が我慢できなくなるって──知ってんだろ?」
とは言え、まだまだ汗ばむ夏の夜。
帰宅した2人は、我慢できなくなった山田のために──と恩着せがましく同居人が言った──狭いバスルームに一緒に入って性急に繋がった。
山田は懸命に声を噛み、でも身体中泡だらけにされて手のひらで撫で回されながら佐藤が入ってくると、もう何がなんだかわからなくなって何度も名前を呼んでいた。
「隣に聞こえちまうぞ」
言って笑う佐藤の前髪から滴り落ちる雫。その向こうで眇められた目の色。それだけで腹の底がゾクゾクして、山田は堪らず喘いだ。
シャワーに打たれながら一戦交え、いろんな意味でサッパリして風呂を出ると、2人は示し合わせたように煙草を咥えて一服した。
「そういや昼間、弟と紫櫻が来たぜ。結婚するって決めたんだってよ」
下だけスウェットを穿いて部屋から出てきた佐藤に、パンツすら穿かずソファに転がる山田が言った。
「そうか」
「それだけ?」
「めでてぇんじゃねぇの?」
「それだけ?」
「これでいよいよアイツがお前にちょっかい出さなくなるってんなら、いくらでも祝ってやるよ」
咥え煙草で煙を吐いた同居人は、被ったタオルで無造作に髪を拭く。
「てか山田、髪を乾かすかパンツを穿くか、どっちかひとつぐらいやれ」
「頭と下半身をどう天秤にかけりゃいいんだ?」
「好きなほう選べよ」
佐藤は言ってソファの袖に腰を引っ掛け、そのままの姿勢でしばらく山田を眺めた。
「何だよ?」
「いや、式とかやるって? アイツら」
「あぁ、まだ迷ってるっぽいな」
「そうか」
「それが何だよ?」
「うん……アイツらが何にもやんねぇにしても、この機会にお前を親に会わせとくかなと思って」
「──」
山田は数秒黙り、そのセリフが脳ミソに十分染み渡ってからガバッと跳ね起きた。
「はぁっ?」
「もちろん同居人としてだぜ? 俺が何言われようが構わねぇけど、お前をどうこう思われんのは嫌だからな」
「いや、てか別に今さらそんな必要なくねぇ? 前んときだって一緒に住んでることは知ってたんだろ?」
「そうだよ、知ってたって同性の同居人なんかいちいち紹介しねぇじゃんよ? でもさっき、お前のカーチャンからの連絡受けて、こっちの実家にもお前の面を通しとくのも悪くねぇなって思ったんだよ」
「──」
「だってよ普通に考えても、倒れたとか事故ったとか、なんかあったとき互いにすぐ家族に連絡できたほうがよくねぇか」
この先も長い付き合いになるんだし。そう言って佐藤は唇の端で笑い、続けた。
「で、このタイミングなら同居人ってだけじゃなくてアイツの結婚相手の兄貴って繋がりもあるし、いい機会なんじゃねぇかってな」
──あぁ、何てこった。今日2度目の思いを山田は胸の裡に呟いた。
親がどうたらって話は、ついさっきカーチャンの講釈を聞かされて来たばかりだ。
昼間に妹たちの話を聞きながらモヤモヤした思いが、そうかそうだな別に拘るとこじゃねぇよなって腑に落ちて帰って来たってのに、同居人本人によって早々にひっくり返された。
沈黙する山田をどう取ったのか、佐藤はふと苦笑して灰皿に灰を落とし、袖から腰を上げて山田の横に移動してきた。
「堅苦しく考えるなよ、アイツらが式でも挙げるんなら嫌でもそんとき会うんだからよ。そうじゃなかった場合の話だ」
「いや別になんか、ヘンに身構えたりとかしてるわけじゃねぇんだけど……」
山田は言い、身体を斜めにして佐藤の肩に鼻先を擦り付けてみた。
嗅ぎ慣れた匂い。同じボディソープを使ってるからとかじゃなく、これは長年馴染んだ佐藤の匂いで、そんなものまでがもはや自分の一部なんだと不意に実感した。
「なぁ佐藤。なんか慌てたりとか無理したりとか、そういうのはナシにしようぜ?」
だって長い付き合いになるんだもんな? 佐藤の首筋で囁いて瞼を閉じ、何かを確かめるような仕種で頬に指を這わせて唇を押しつける。
「──何度も言うようだけどな」
同居人は山田の顎を掴むと、触れるか否かの位置で濡れた目を覗いて囁いた。
「お前、わかっててやってんだろうな? 俺が我慢できなくなるってよ?」
「さぁな?」
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