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第30話 続・山田オッサン編【22】

 その日の帰りの電車は、珍しく2人並んで座れた。  右隣のオバチャンがスマホで麻雀ゲームに熱中してる画面を眺めていた佐藤が、左隣の山田の向こうで居眠りこいてる小肥りのリーマンが山田に寄りかかってるのを見たとき、次の駅に停まってドアが開いた。  小肥りがハッと身体を起こす。  乗客が増え、佐藤と山田の前に立ったOL風のバッグにマタニティマークを認めると同時に、隣の山田がふらりと立ち上がった。  また山田に寄りかかっていたらしい小肥りが、またハッと身体を起こす。 「どーぞ」  山田が目の前のマタニティマークに言った直後、妊婦がふと佐藤を見て一瞬動きを止め、改めて山田を見て礼を言い、また佐藤をチラ見してから畏まって隣に座った。  入れ替わりに前に立った山田がその様子を眺めてから佐藤を見た。  目が合い、佐藤は言った。 「ほら、ここ座れよ」  佐藤が自分の膝をポンと叩くと、吊り革に掴まっていた山田は迷うことなく「おー、悪ィな」と応じてくるりと向きを変え、佐藤の膝に尻を載せた。  途端に周りのヤツらが何人か吹き出した。  吹き出さなかったヤツは残らず、無言でニヤつくかガン見するか気づかないフリをするかのどれかだった。 「って、バカ言ってんじゃねーよ」  当の山田はテメェが座っておきながら楽しげに振り返って佐藤にツッコみ、何事もなかったかのように立ち上がった。  それからほどなく次の駅に着いて佐藤も立った。2人が降りる駅だ。  隣の妊婦が、今度はまっすぐ山田を見て実ににこやかに会釈した。気づいた山田が、これまた実に弛緩したツラで笑い返した。  そのやり取りをチラ見してからホームに降りた佐藤の後に山田が続く。  本当は、自分より山田のほうがよっぽど女にモテることを佐藤は知っていた。  オッサンのほうが臆面もなくグイグイ押すからそっちが際立つだけのことで、実際は山田が惹きつける野郎と女の割合はほぼ1:1だ。  昔からそうだった。ただ女は利口だから勝算のない戦いを挑まないだけだ。  彼女たちが嗅ぎ取って回避する山田の何か、かつては不可解だったソイツを、今なら佐藤は理解できる。  チラリと窺った山田の横顔は、もはや今の出来事なんか忘れ去ったかのような味気なさだった。本人に自覚があるのかは知らないが、相手が視界から消えた途端に興味を失ったツラになる。いつもそうだ。  自分に対してもそうなんじゃないか──昔は思っていた。 「結構いい女だったよな」  言ってみると、山田は口を開けて目を寄越した。 「そんなに乳デカかったっけ?」 「お前の女の基準は乳のデカさしかねぇのかよ?」 「だって一番公平に比較できんじゃねぇか?」  本当に乳しか見てなかったはずも、彼女の好意的な視線に気づかなかったはずもない山田は、帰宅した途端に冷凍庫からカキ氷を出してスプーンを咥えたままポテトチップスを開け、カキ氷を何口か食べてスプーンと入れ替わりに煙草を口に突っ込み、煙を吐きながらポテチを貪ってまたカキ氷を食い、 「ハラ減ったぜ佐藤っ!」  とソファの上で悶絶した。  佐藤が茄子と牛肉のオイスターソース炒めを手早く作ってやる間にカキ氷とポテチをやっつけた山田は、晩メシもペロリと平らげてから2つ目のカキ氷を出し、その間に風呂に入った佐藤がようやくひと息ついてるところにものすごい勢いで乱入してきて叫んだ。 「今っ、今っ! 鞄にゴキブリが入っててよー!!」  聞けば、鞄から煙草を出そうとしてふと中を見たら、底の隅でじっとしている小ぶりのGと目が合ったらしい。 「鞄から出して仕留めろよ」 「まだ子供なんだぜ……! 俺にはできねぇっ……!」  髪を掻き毟って天井を仰ぐ山田を眺め、佐藤は仕方なく腰にタオルを巻いて風呂から出ると、山田の鞄に潜む可哀想な子供を仕留めてやった。  始末を終えたとき、山田はダイニングのソファで抱えた膝に顎を埋めていた。 「なんかさぁ……いつからいたのか知んねぇけど、鞄の隅っこのとこにキューッて縮こまって隠れてた姿がさぁ……なんつーかこう、知性っつーか理性を感じさせたっつーかさぁ? きっと怖かっただろうなぁとか思ったら可哀想っつーか、いたたれない感じがしてよう」  俯いてブツブツ言う山田の頭を撫で、佐藤は溜息を吐いた。 「次は違う生き物に生まれ変わってもらうしかねぇな」  それから風呂に入り直し、そのあと入れ替わりに山田が入った。  その間、佐藤はビールを飲みながら観るともなしにテレビを観ていたが、相棒が風呂から出てくると言った。 「なぁ山田、風呂ん中でデケェ声で歌うのやめてくんねぇか。それも北酒場とか」 「あれ、聴こえてた?」 「多分マンション中に聴こえてんぜ」 「でもさぁ、だってすごくねぇ? 煙草の先に火を点けただけで恋が始まっちゃうんだぜ!? 一夜の恋だけどよ! 寒ィ方面の酒場はスゲェよ!」  マッパの山田は若干興奮気味に言いながらガシガシと頭を拭き、 「あぁでも考えてみたら関東にもいるなぁ、飲み屋のカウンターとかでさ、火ィ貸してって言われてライター貸したら、お礼に奢るよって手を握ってくるようなオッサン? 絡めた指でココロを許しちゃうんだぜ? あ、俺じゃなくてサンオツがな」  何かを思い出すように、しみじみといった風情で首を振る。 「アルコールってのは全く、罪な飲み物だよなぁ佐藤」 「──」  それからおよそ20分後には山田は佐藤のベッドにいて、エロさ垂れ流しのツラで仰け反りながら尻の奥に受け入れたモノに歓喜の声を上げていた。 「あ、あっ、さと……佐藤ぉっ!」  その、滴らんばかりに蕩けそうな艶めかしさときたら。  濡れた目で佐藤に縋って全身を震わせながら悲鳴を上げた山田は、ひと段落するとベッドの上でダラけきって鼻から煙を吐きながら訊いた。 「佐藤お前さぁ、俺のドコがスキなワケ?」 「全部」

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