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第31話 続・山田オッサン編【23】

 今に始まったことじゃないけど、朝のラッシュ時に女性専用車両があるにもかかわらず野郎専用車両がないのは不公平だと、今日も山田が喚き出した。 「男女混合車両でよう、ナンか行き違いがあったら野郎が圧倒的に不利じゃねぇか!」  そんなことはここで山田がアリンコの魂の叫びの如く虚しく主張しなくたって、世の中の野郎たちはみんなわかっていて、野郎たちみんなが不満を抱えてる事案であることは疑いようのない現実だった。 「はいはい、今日は何があったんスか?」  ちなみにここは会社の喫煙ルームじゃなく、ビル1階のメインロビーのエレベータホール。出勤時間帯の今、辺りには箱が降りてくるのを待つ自社や他社の連中が男女入り混じってひしめき合っていた。  同居人は朝イチから会議だとかで先に出て行き、山田はひとりで出勤して鈴木とバッタリ会ったところだ。  さっきから上昇を示すエレベータがやってきては満員で乗れず、2台見送ったあとにようやく潜り込める箱がやってきて2人は乗り込んだ。 「で、女性専用車両が何ですって?」 「いや女性専用車両がどうとかじゃなくて、野郎専用車両があってもよくねぇ? っつー話だってば」 「野郎専用だと、どういうメリットがあるんスか?」 「少なくとも、ずっと両手を上に挙げとかなきゃなんねぇみてぇな事態にはならねぇだろ?」 「え、山田さん、電車の中でずっとそんなことしてんですか?」 「自分の周囲360度どっかが女子と接してたらな。だってラッシュの電車なんて、野郎にとっちゃ目隠しで地雷原に踏み込むのと同じことだぜ? 濡れ衣でも着せられた日にゃ、積み上げてきた人生も一発でおしまいなんだぜ? 今日も俺が会社を動かしてやるぜなんつって意気揚々と朝の電車に乗り込んでよ、降りるときには社会の落伍者になってんだぜ? 考えただけでも震えが止まんなくねぇか?」  静まり返ったエレベータ内に山田の声がデカデカと響き渡り、女子のそばに立つサンオツらが揃って鞄を両手で抱え込んだ。 「今日なんか特にすげぇ混んでたからよう、電車。とにかく間違いが起こんねぇように荷物を上の棚に置いて両手で吊り革持ってたワケ。そしたら、その無防備な隙を突いてオッサンが触ってきやがったんだよ」  それを聞いた周りのヤツらがさりげなくチラ見して寄越したとき、エレベータが止まって扉が開いた。  続きが気になるのに……! といったツラで男女数人が降りて行き、扉が閉まる。  鈴木が訊いた。 「触ったってどこに?」 「どこって、そりゃあお前、最初は腰の後ろんとこに触ってきてよ。それから」  そこまで言ったとき、ひとつ上の階ですぐにまた止まり、続きが気になるのに! といったツラで男女数人が降り、扉が閉まった。 「そんでケツまで下りてきて、尻を掴んで揉み始めやがって」  またすぐに上の階で止まる。通勤時間帯のエレベータは各停だ。  この階でも、続きが気になるのに! といったツラで男女数人が降り、この時点で同乗していた女子は全ていなくなった。  野郎ばかり残された箱の扉が閉まる。 「朝っぱらから尻をね。で?」 「これがまた結構なお手前でよ、女の乳もあの調子で揉んでやがるに違いねぇよ」 「リーマンの尻を揉むようなヤツが女の乳を揉みますかねぇ」 「俺が知るわけねぇ」 「どんなヤツか見たんスか?」 「後ろにいるんだ、見てねぇよ」 「まぁともかく、顔もわからない野郎に尻を揉まれて感じちゃったワケっすね、朝っぱらから」  鈴木が言ったとき、彼らの降りるべきフロアに止まり、続きが気になるのに! といったツラのリーマンどもを残して2人は箱から出た。 「何言ってんの? 感じてねぇし」 「佐藤さんとどっちが上手かったんスか?」 「はぁ? 佐藤は尻なんか揉まねぇよ」 「なるほど、揉むのは前だけっすか」  山田はふと、鈴木のツラをちょっと眺めた。 「鈴木お前、まさか本田に揉まれたりしてねぇよな?」  その瞬間、鈴木のこめかみがピクリと引き攣ったような気がしたのは山田の思い込みによる錯覚だろうか。 「え? まさかお前?」 「されてませんから。山田さんと一緒にしないでください」 「ナニ言ってんの? 俺はお前、ンなふしだらな行為を体験したことなんかねぇよ。それよか、なぁ鈴木、白状しろよ。前と後ろどっちを揉まれたんだよ? おい」  ニヤける山田の手でいきなり股間を掴まれて、さすがの鈴木も飛び上がった。 「ちょっと山田さん! 朝っぱらから慣れた手つきで日頃のテクを披露しないでくださいよっ!」 「はぁ? ンなテク持ってねぇ、てか、え? 何そんなに泡食ってんだよ?」  山田が言ったとき、2人は刺さるような視線を感じて同時に顔を向けた。 「──」 「──」  乙女ゲームの王子様面を引っ提げて、本田がやけに真剣な目をして立っていた。 「鈴木さ──」  部下が呼びかけたとき、鈴木係長が突き飛ばさんばかりの勢いで山田先輩を遠くに押し遣った。 「誤解しないでよね本田くん。山田さんが電車の中でどこの馬の骨とも知れない野郎に尻を揉まれて、あんまり気持ちが良かったモンだから野郎専用車両ができりゃいいのにって思ったって話を、欲求不満の捌け口のように聞いてあげてるうちに山田さんが欲情しちゃって手近なとこにいた俺で妥協しようとしただけだからね、今のは」 「ちょ、てか、ナニ言い訳がましく巧妙にでっちあげてんの鈴木お前?」 「付け入る隙を与えるワケにはいかないんで」  いやに荒々しいツラで鈴木が言った直後、すぐそばの角から営業一課佐藤係長が姿を現した。  眇めた目で一同を舐めた佐藤は、最後に山田を見て低く訊いた。 「誰が欲求不満で欲情したって?」 「いや違うからマジ」

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