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第32話 続・山田オッサン編【24-1】
盆休み。
だからと言って、ただでさえ出不精なのにどこに行っても混んでるこんなときにわざわざ出かけるような2人ではもちろんなく、6連休なんてモノをぶっ込まれても時間を持て余すだけの日々だった。
とは言え、佐藤は4日目から一泊で実家に帰ることになっている。
だから3日目の今日が終われば、山田が退屈する2日間が待っていた。
「一緒に来ねぇ?」
ベッドで俯せに横たわって煙草を吸う山田に佐藤が言い、
「盆に実家に乗り込むのはおかしくねぇか」
煙を吐きながら山田は答え、項に唇を這わされてビクリと身体を竦めた。
「ちょ、ちょっ、待っ、佐藤っ」
「何だよ?」
言いながら首筋に顔を埋める佐藤の手がTシャツの背中から潜ってくる。
「ひ……ヒゲがっ、くすぐってぇんだよっ」
休みに入ってからの3日間、佐藤は髭を剃ってなかった。おかげで無精髭野郎だ。
「好きだろ? 髭でジョリジョリされんの」
「ンなヘンタイじゃねぇ、あっ、やめ……ダメだってっ」
今度は捲られて露わになった脇腹を無精髭が擦る。手のひらで撫でられるだけでも震えるほど感じるのに、ザラつく感触で刺激されてどうしようもなくゾクゾクしてしまう。
たまらず煙草を灰皿に捨てて仰向けにひっくり返ると、無精髭野郎がニヤニヤしながら見下ろしてきた。
「お前がそんなに喜ぶなら普段から生やしとくかなぁ」
「喜んでねぇっつーの」
山田は眉を顰めて言ったが、無精髭の同居人は、じつはちょっとワイルドで悪くないと思ったりなんかもしていた。
もともと小島あたりのお上品なイケメンっぷりに比して精悍なタイプの佐藤だ。ちなみに田中は2人のちょうど中間に位置するけどソイツはさておき、そんなわけで佐藤が頬をザラつかせたりなんかすると若干ヤサグレた役どころの映画俳優みたいな面構えになって、山田はいろんな意味で何だか落ち着かない。
だから言った。
「剃れよ」
「明日実家行く前にな」
「そのツラで見下ろすんじゃねぇ」
「何だよ山田お前、見惚れてんのか?」
唇を斜めにして笑う同居人の無精髭面が近づき、頬に擦り寄って山田の唇を舐めた。
「やめろって……」
押し返そうとする山田の股間を手のひらが覆う。
「もう硬ぇよ? 山田。まだ何もしてねぇのに」
「うるせェなぁ、触んじゃねーよっ」
「我慢すんなよ、してぇならしてぇって言えばいいじゃねぇか」
「だから……ッ、あ──」
ノド元に喰らいつかれて鎖骨の辺りをザラザラが擦り、山田は無意識に佐藤の項に指を這わせた。
「してぇんだろ? 山田」
「ンな……んんっ!」
「言ったら死ぬほど気持ちよくしてやるから、ホラ」
正直に言ってみろ──無精髭野郎の意地悪な笑顔に覗き込まれて唆され、山田は硬いモノを緩く刺激されながら震える唇を開いた。
翌日、同居人は髭を剃り、昼メシを作って山田と一緒に食ってから大宮の実家に帰って行った。ここからだと、ドア・トゥ・ドアで1時間程度だ。
残された山田はBGM代わりにテレビを点けてソファでビールを飲みながら、やがてウトウトし始めた。
どれくらい寝てたのか、電話の着信音で目が覚めたときには既に窓の外が薄暗くなっていた。
テーブルの上のスマホを引き寄せると画面に小島の名前があった。寝ボケた声で出た山田の耳に、ごはん食べに行きません? と元後輩の声が聞こえた。
「あぁ……? お前なんで佐藤がいねぇの知ってんの?」
「佐藤さんいないんですか?」
「知ってて誘って来たんじゃねぇのかよ」
「知るわけありません。今わりと近くにいて、このあとの予定が急遽キャンセルになったんで、どうかなと思ったんです」
「あぁそう、エスパーかと思ってビビったぜ」
「愛の力ですよ山田さん」
「──」
「すみません、警戒しないでください。友人として食事に誘ってるだけですから」
「思い上がんな、ナニが友人だ? 後輩だろーがテメェはよ」
「はいはい、そうですね。よろしければ俺と一緒に食事に行ってもらえませんか? 山田先輩」
後輩の宥めるような口調を聞き流し、5分待てと言って電話を切った。
30秒考え、30秒逡巡し、肚を括って電話をかけると10秒で同居人が出た。
「なぁ、小島とメシ食いに言ってもいいか」
訊いたあと、電話の向こうは10秒沈黙した。
「──お前、俺がいなくなった途端にそれかよ」
「言っとくけど電話が来たんだからな向こうから」
山田は言い、小島の言い分をそのまま伝えてから続けた。
「今まで何回も言ってっけど、俺もう小島とは何でもねぇよ? でも残念ながら人間としてキライじゃねぇし、お前だってホントはわかってんだろ? アイツは決して単なるタラシなだけのしょーもねぇ野郎じゃねぇって。お前ほどのヤツがわかんねぇわけねーよな? なのにお前に操を捧げてるからってよう、会ってもいけねぇってのは大人げなくねぇか? お前はそんな心の狭ェオトコじゃねぇよな佐藤?」
山田の言葉が途切れると、佐藤は5秒沈黙してから、わかった──と応じた。
「ただし約束しろ。家には絶対入れるな、それからメシは客が多くて店ん中が明るいとこで食え。人目につきにくい端っこのボックス席とかに座んじゃねぇ、カウンターもL字席もダメだ、なるべく広いテーブルに向かい合わせで座れ、間違っても個室なんか入るなよ。アルコールも禁止、アルコール入りのデザートも禁止、そんでメシを食い終わったらソッコー帰れ。送ってもらわなくていい、店を出たら別れろ。現地集合、現地解散、明るい道だろうが一緒に歩くな。手なんか繋ぎやがったら承知しねぇぞ」
「お前はどこの心配症なお父さんだよ?」
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