33 / 201

第33話 続・山田オッサン編【24-2】

 迎えに来るという小島を頑なに断り、ひとまず現地集合は守れた。  が、指定された店に着いた時点で、同居人の言いつけに8割方背くこととなる現実に山田は直面してしまった。  着いてみたら古民家をリノベーションしたような和風建築だったから日本料理屋なのかと思ったら、フレンチの店なのだという。が、料理のジャンルは何だっていい。  それよりも一見さんお断りに違いない小ぢんまりした店はそもそもが全席個室で、部屋は間接照明のみでほんのり暗く、かろうじて向かい合わせに座ったものの、明らかに2人用と思われる部屋で間に挟んだテーブルはさほど大きくはない。  しかも食い物は何でもいいと小島に一任しておいたら、頼みもしないのに食前酒だとかいうスパークリングワインが勝手に出てきやがった。 「あぁヤベェ……やべーよ畜生……」  ブツブツ漏らす山田の正面で、数ヶ月ぶりに会う元後輩は興味深げなツラを向けてきた。 「何がヤバイんですか?」  そこで佐藤に約束させられた内容を思い出せる限り全て説明すると、聞き終えた小島は堪えきれないように笑い出した。 「佐藤さんって昔から独占欲丸出しでしたけど、いよいよ極めてきましたね」 「昔からかどうか知らねーけど、相手がお前だから特に警戒してんだろ」 「俺だと何が違うんですか?」  仕事だったのか今日もスーツの小島は、上着を脱いでシャツの袖を捲った腕で頬杖を突き、柔らかな視線をじっと据えてくる。 「他の人と俺とじゃ、何が違うんですか? 山田さん」  言って伸ばした指先で山田の手に触ろうとしたモンだから、山田は目を三角にして腕を引っ込めた。 「手を握るなって言われてるつったろーが!」  真剣に言ったのに、野郎の笑いが止まらなくなった。 「そんなにオカシイかよ?」 「そりゃおかしいですよ。だってホント、お父さんの言いつけを守る子供みたいなんですもん」  そして細身のグラスを手にした男に促され、山田も渋々グラスを持った。  繊細なガラスのぶつかる軽い音のあと、しかし口に運びかけてやっぱり山田は煩悶した。 「いや、いやいやいや」  グラスを持つほうの手首をもう一方の手で掴み、震えながら己から遠ざける。 「ピン芸人のコントを観てるようですよ、山田さん」 「テメェ、マジなんだぜ俺は」 「言わなきゃわかりませんよ、この程度のアルコール」 「だってよう、嘘はつきたくねーんだよ」 「昔はあんなに平気で嘘ついてたのにね」 「はぁ? 俺がいつ嘘なんかついたよ?」 「まぁ、どうしてもダメって言うなら俺が引き受けますよ? それ」  そう言われ、観念してグラスを渡した山田の左手に小島の目が落ちた。 「ところでさっきから気になってたんですけど、その指輪はどういう代物なんですか?」  家を出る前に右手から左手に移した指輪だ。ソイツは都合にあわせて左右を自由に往き来する。 「別に、どうもこうもねぇよ」 「まさか結婚したわけじゃないですよね?」 「バカかお前は。ここは日本だぜ?」 「だって、結婚されてしまったらどうしようもありませんから」 「所帯持ちが言うセリフじゃねぇぜ?」 「山田さん、もしかして俺が結婚したから仕方なく佐藤さんと……」 「めでてェヤツだなオマエは。タイムラグあり過ぎだろーが」 「俺も指輪を贈っていいですか?」 「いらねぇし、佐藤に殺される」  そこへ突き出しが運ばれてきた。  この手の店に何度連れて来られても馴染むことのできない、彩り良く並んだ小さくて何だかわからない食い物たちを、山田は30秒で片付けた。 「旨いんだか旨くねぇんだかがわからねぇ」 「山田さんの正直なところが好きですよ」 「さっきは嘘つき呼ばわりしやがったじゃねぇか」  それから前菜だのスープだのが続き、アワビのナントカ、口直しのソルベ……何とも面倒くさいし、お上品すぎて味がよくわからない。ただナントカ豚の何たらっていうメインは、付け合せの野菜までが間違いなく旨かった。  食事の間は小島の仕事の話を退屈しない範疇で聞かされたり、佐藤弟が山田妹と結婚することを話したり──そうこうするうちにディナーコースは終盤を迎え、最後にこれまた彩り良くて小ぢんまりしたデザートが現れた。 「コレ、アルコール入ってねぇよな?」  匂いを嗅ぐ山田を見て小島が笑った。 「律儀ですねぇ。さっき確認しておきましたから大丈夫ですよ」  本当はアルコールを全く使わないスイーツなんて疑わしいと思ったが、まぁそう言うから信じたフリをしてペロリと平らげた。いくら佐藤だって、まさかデザートごときに本気で怒ったりはしないだろう。  ちなみにメシの間、佐藤からのLINEが8回来た。幸い店内画像を要求されたりはしなかったから、個室で仄暗い事実はココロを鬼にして伏せた。  それにしても酒を飲まずに食うメシの、なんと物足りないことか。  ただ喫煙可の部屋だったから──小島が全面禁煙の店に山田を誘うワケはないが──仕方なく食後のコーヒーなんつー健全極まりないモノを啜りながら煙草を咥えて火を点けた。 「嫁さんとはどうなんだよ?」 「仲良くやってますよ?」 「貧乏人のカレシとは切れたのか?」  訊くと、元後輩は思案げなツラを見せた。 「よくわからないんですよね」 「何だソレ」 「別れたとも言わないんですけど、前みたいにあからさまに会ってる感じでもないし。俺も訊いてはいないんですけどね」 「訊けばいいじゃねぇか」 「だって、訊いて別れたって言われたら? しかもその理由が、もしもですよ、俺と向き合うためだったらどうしたらいいんですか?」 「お前のその躊躇いが意味わかんねぇんだけど。それのどこが問題なんだよ?」 「だって、山田さん」  手にしていたコーヒーカップを皿に戻し、野郎は真顔で山田を見つめて寄越した。 「仮にそうなったとき、もしも彼女のために山田さんを忘れようって気持ちになってしまったら、俺はどうしたらいいんですか」  山田は鼻から煙を吐いて笑った。 「マジでバカなんじゃねぇかオメェは?」

ともだちにシェアしよう!