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第35話 続・山田オッサン編【24-4】#

 そして翌日、同居人は昼前には帰ってきた。  そのとき山田はまだベッドの中で、何だか芳しい匂いに誘われてフラフラと彷徨う夢を見ながらぼんやり覚醒した。 「──早くねぇ?」  とりあえず便所に行こうと部屋を出たところでキッチンに同居人の姿を認め、山田は半分寝ボケたままそう言った。 「そうか?」 「何時? いま」 「もうすぐ昼だぜ」 「あぁハラ減るわけだなぁ……でも早くねぇ?」 「そうか?」  会話がフリダシに戻ったところで便所に行き、用を足して出てダイニングのテーブルにあった煙草を咥えたら佐藤のもので、いつもと違う香りに思わず顔を顰めた。 「佐藤お前、よく俺の煙草奪って平気で吸ってんなぁ。やっぱ俺、自分のヤツじゃねぇとダメだ」 「お前こそヒトの煙草奪っといて文句垂れてんじゃねぇよ」  佐藤の匂いとしては慣れてる。  でも主流煙と副流煙はやっぱり違うことを実感しながら煙を吐いていると、佐藤が丼を出して訊いた。 「お前、親子丼でいいか? 昼メシ」 「うん、食う」  ほどなくテーブルの上に湯気の立つ親子丼が2つ登場した。 「実家はどうだったんだよ?」 「どうって別に。あぁ、弟がお前の妹と次郎を連れて来たぜ。まぁ挨拶は前に済ませてるし、妹親子はメシだけ一緒に食って帰ったけどな」 「あぁそう」 「あと、ウチの親が今度お前を連れて来いって」 「あぁそう──はぁ?」  口に突っ込みかけた蓮華を止めて山田は隣を見た。隣で親子丼を食ってる同居人は、どうってことないツラで横目だけ寄越した。 「俺は何も言ってねぇよ? 弟と妹がさんざんお前の噂してて、2人してあんまりベタ褒めしやがるもんだから親が興味持ってよ」 「いやマズイだろソレ? アイツらのことだから、容姿端麗品行方正的なコトをさんざん吹き込みやがったんだろ?」  山田は真面目に言ったのに、佐藤は呆れ返った眼差しをまじまじと向けてきた。 「ンなワケあるか」 「真顔で否定すんのやめてくんねぇ」 「とにかくそんな売り込み方はしてねぇから安心しろ」 「それ以外のドコを売り込むんだよ? 俺の」  佐藤は沈黙し、実家でのやり取りを反芻するように視線を宙に投げ、しばらく考えてからようやく言った。 「そういや憶えてねぇ。何だろうな」 「幻覚でも見たんじゃねぇの? 俺を紹介しなきゃなんねぇって強迫観念に駆られて」 「そんな思い詰めてねぇっての」  言った佐藤はさっさと食い終わり、煙草を抜いて咥えた。 「ホントはアイツらが式やんならそんときでいいんだけどよ、どうも当面やんなさそうな気配だし。とりあえずお前の気が向いたときでいいから、ちょっと付き合えよ今度」 「わかった。それまでにダイエットして、ほうれい線も消さねぇとな」 「必要ねぇ」  山田を一蹴し、佐藤は煙草に火を点けて煙を吐いた。 「で、お前のほうはどうだったんだよ?」 「はぁ? 俺の何?」 「小島だよ」 「元気そうだったぜ?」 「それだけか?」 「メシも旨かったぜ?」 「──」 「まぁでも、お前の親子丼のほうが旨ぇかな」 「アイツが連れてくような店より旨かったらメシ屋になれちまうじゃねぇか。何かをゴマかそうとして持ち上げようってんなら無駄だぜ」  それを聞いた途端、山田は掻っ込むために掲げていた器をドン! とテーブルに置き、目を三角にして喚いた。 「お前のメシが一番旨ェって、いつも言ってんじゃねーかよ!」  すると佐藤は煙草を咥えたまま、あぁ悪ィ……と呟き、灰皿を引き寄せて灰を落とした。 「もしかしたらお前が家に帰ってるフリして小島とお泊りしてんじゃねぇかとか、ちょっと心配になったりしてたからよ」 「何その妄想? まさか、そのせいでこんな時間にもう帰ってきたとか言わねぇよな? 俺が家にいるかどうか確認するためとか?」 「別にそこまでのつもりじゃねぇけど、考えてたら会いたくなったんだからしょうがねぇだろ」 「──」 「なんだ、そのツラ?」  煙草ならぬ蓮華を咥えて横目をくれた山田に、佐藤は目を眇めた。 「さっさと食っちまえよ。いつまで経ってもキスできねぇじゃねーか」  それを聞いた山田は口からゆっくり蓮華を引き抜き、同じく目を眇めた。 「てか、なんで食う前にしねぇんだよ?」      まだまだ明るい、というより一番陽の高い時間帯の真っ昼間。  夏の陽光溢れる同居人の部屋のベッドの上で、山田は己の服を剥ぎ取る男の手を押しとどめた。 「なぁ佐藤……」 「何だよ」 「じつはオレ昨日、嘘ついたんだ」 「──」  佐藤のツラから表情が消えるのを息を潜めて窺いつつ、山田は神妙に白状した。 「ホントは個室で、部屋があんまり明るくなかったんだ。個室しかねぇ店でよう」  それから数秒、沈黙があった。 「──それだけか?」 「あーあと、行きは店で現地集合したんだけど、帰りは店から駅まで一緒に歩いた」 「他には」 「もうねぇよ」 「──」  しばらく山田を眺めていた佐藤が、やがて堪りかねたように噴き出した。 「そのツラ」 「何だよ!?」 「だって、おっ前……すっげぇマジなんだもん」 「何だよ!!」  山田の目が三角になっても、同居人はまだニヤついてやがった。 「こーいうことする前にやっぱ言っとかねーとって、俺がせっかく!」 「あぁ、悪ィ」 「お前がなんか、疑ってるみてぇなコト言うし!」 「マジでどうこうなるとか本気で疑ったりしねぇよ。だって山田お前、俺のこと好きで堪んねぇだろ?」  唇を斜めにして笑う佐藤の顔面に、山田は掴んだ枕を叩きつけた。  途端に体重をかけて全身でのしかかられて重い! と喚いて暴れたところに唇と手のひらで攻撃を喰らい、寸前まで三角だった目を潤ませて吐息を震わせるという忙しい羽目になった挙句にようやく事態は元に戻った。 「──なぁ佐藤?」 「何だよ」 「俺にとってのお前と小島の違いって何だと思うよ?」 「俺だと触られただけで感じるんだろうが?」 「身体のハナシじゃねぇ、気持ち的なコトを言ってんだよっ」  山田の服を剥ぎ取る作業を再開していた同居人は、最後の1枚を取っ払いながらちょっと考えるような目をして眉を顰めた。 「本命とキープ?」 「ブー、外れ。やっぱ教えねぇ、秘密にしとくぜ」

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