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第37話 続・山田オッサン編【25-2】#
「はぁ? 何言ってんの本田くん、やめてよね。次郎は俺ひとりの趣味だから」
「ちょっと待って鈴リンと修ちゃん、人んちの生身の息子が趣味とかおかしくねぇ?」
真顔でツッコんだ佐藤弟を他の全員が見た。
「お前の趣味も人んちの生身の息子じゃなかったっけ」
田中にツッコまれてる佐藤弟の隣で、山田妹がその美しい眼差しを本田と鈴木に向けた。
「次郎ならいつでも貸しますから、どうぞお2人で遠慮なく」
さりげなく、あくまで2人セットにさせようとする紫櫻。
あぁジレンマが……と壁を這うように聞こえてきた鈴木の暗い呟きを、本田の声が掻き消した。
「あのシオさん、さっき言ってたその写真、見たいっていうか欲しいんですけど僕」
「全部いります?」
──全部?
ほんの僅かも戸惑いを見せなかったのは、目を輝かせた本田ただ1人だった。
「一応訊くけど紫櫻。まさか俺や佐藤も餌食にしてねぇだろうな?」
山田兄の問いに妹が答えた。
「安心してお兄ちゃん。そこまで見境なくないし、そもそも次郎込みなのが大前提だから」
「あぁそう……」
どう見境を付けたら鈴木と本田コンビのみフォーカスすることになるのかよくわからなかったが、もうツッコまないことにする。
「じゃあ次郎借りて撮ってもらうか? 今度」
山田の横で煙を吐きながら佐藤が言うと、未来の義妹は間髪入れずに応じた。
「次郎は佐藤さんが抱っこしてくださいね」
彼女の脳内では何らかの構図が出来上がってるらしい。
「せっかく難を逃れてんのに余計なこと言うんじゃねぇよ佐藤」
同居人に向かって目を三角にする山田の隣で、本田が佐藤弟の腕時計に目をとめた。
「サトケンさん、カッコイイ時計してますねぇ」
見ると、円形の文字盤の中にやたらゴチャゴチャと小さな円形やら文字やらが詰め込まれたゴツい黒のG-SHOCKが嵌ってる。
目にした瞬間、年長3人は同時に思った。
──細かすぎんだよ!!
「おっ前、これから老眼の時代がやってくるっつーのにンな細けぇ字がギッシリの時計なんかして大丈夫なのかよ!? 読めんのかよ!?」
「え? 何言ってんのイチさん、俺まだ当分来ねぇよ? そんな時代」
舌打ちした山田と同い年3人組は大差ないツラだったが、30目前の紫櫻はおろか2つしか変わらない鈴木でさえ平坦な表情なんだから10歳近く若い弟や本田の、その時計に対する見方がまるで違うのは当然のことだった。
「ホントはこれから所帯持つから無駄遣いしねぇほうがいいんだけど、今んとこ式やる予定がないから、2人でそれぞれなんか欲しいモン買おうよってコトになってさぁ。で、俺がコレで、シオちゃんがカメラ」
佐藤弟の横で山田妹が頷く。
そのカメラが鈴木と本田の盗撮に使われてるってワケか。野郎どもは納得したが、同時にちょっと引っかかった──コイツらの買い物、ひょっとして値段の差があり過ぎねぇか?
が、まぁ得てしてそんなモンだと心得てる所帯持ちの田中が2人を見て言った。
「式やんねぇの?」
「うん、ちょっとね。やるってなるとシオちゃんのほうの招待客がいろいろ難しいみたいだし、ウチの親も面倒くせェ顔ぶれになるぐらいなら別にやんなくたっていいっつってるし」
佐藤弟の言葉に山田兄妹の視線がチラリと交叉し、佐藤兄が煙を吐き、他のヤツらは兄妹の背景から各々何となく了解したようだった。
「でも、いいですねぇ」
乙女ゲーム王子が能天気に話を戻した。
「僕こないだ腕時計なくしちゃって。新しいの買おうって思ってるんですけど、いいなって思うのは結構値段するし、悩んでるんですよねぇ」
「コレだって、そんなすげー高いヤツじゃねーよ? でもさぁ、ちょこっとでもいいヤツ買うと、やっぱなんか自分へのご褒美的な気分になれるっつーかさぁ?」
言い終わるか否かの瞬間、ケンジくん、と未来の妻の鋭い声が飛んだ。
「その、自分へのご褒美って言い方やめて。自分で稼いでる大人が自分の裁量で欲しいものを買うのに、いちいち言い訳する必要がどこにあるの? 後ろめたさを綺麗な言葉に置き換えて正当化するなんて愚の骨頂よ。欲しけりゃ四の五の言わずに黙って買えばいいと思わない?」
「あ、わかりました……」
「てか大丈夫か弟お前、もう尻に敷かれてんのか」
「私はケンジくんを敷いてなんかないわよ、お兄ちゃん。ただ自分というものをしっかり持って生きて欲しいだけ。私の尻の下で横たわるよりも、ちゃんと隣で地面に垂直に立ってて欲しいの」
ソレうちの嫁にも言ってほしいぜ……田中の呟きはツッコまずにいてやるのが優しさのような気がしたから、みんな聞こえなかったフリをした。
聞こえなかったフリのダメ押し的に、山田は隣の相棒を見て訊いた。
「俺、足元で地面に平行になってていいか?」
「尻の下に敷いていいのかよ?」
「尻の下じゃねぇ、足元だっつってんだろ」
「踏まれてぇのか」
「イチさん、いつでも俺の足元に横たわってくれていいぜ?」
「お前は嫁の尻に敷かれてろ」
「私は敷きませんってば、佐藤さん。だからお兄ちゃんを足元に転がしといてやってください」
そこへ串の盛り合わせがやってきて、やたら愛想のいいニーチャンがニコニコと空いた皿を回収し、お飲み物のおかわりはいかがですかぁ! と大声を出して追加オーダーをぶんどって立ち去った。
その直後、気を利かせて串をバラしはじめた佐藤弟の手元を見て山田が血相を変えた。
「ナニやってんだ弟テメェッ、串から外すんじゃねぇよ!!」
「え、でもイチさん人数多いし」
「デモもクソもねぇ! 外したらさっさと冷めちまうしドレが何だかわかんなくなっちまうし、バラバラでコロッコロの肉片なんか食う気がしねぇんだよ!!」
目を鋭角の三角にした山田のツラを見て、そこまで怒んなくても? と思ったギャラリーたちは、しかし佐藤弟の至福のツラを見て考えを改めた。
「あー俺、今夜もひとつイチさんを学習した感じ」
「サトケンさんって、ホントに趣味が山田さんなんですねぇ」
いたく感心したように溜息を吐きつつ、ね、鈴木さんと隣に笑顔を向けた部下に対し、係長はジョッキを傾けながら全く関係ない返事を投げ返した。
「本田くんの腕時計、うちにあるよ」
「え? あれ、ホントですか?」
「こないだ外したまんま忘れて帰ってたよ。いつまでもあると邪魔だから早く取りに来てよね」
「あ、じゃあこのあと寄りましょうか?」
やり取りを聞いていた他の全員が、ほぼ同じ疑問を各々の言葉で胸の裡に呟いた。
代表して山田で表すとこうだ。
──会社で毎日顔合わせてんのに、なんでわざわざ家まで取りに来させんだよ?
──このあと寄ったら、時間的にゼッテェ自分ち帰れねぇよな本田?
──てか人んちで腕時計外すのって、どういうときだよ?
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