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第38話 続・山田オッサン編【26】
喫煙ルームに向かって廊下を歩いてると、窓の外に清掃ゴンドラがいた。
ヘルメットから金髪が覗く若いニーチャンと、ヘルメットの後ろに括った茶髪が覗く、山田と同年代かせいぜい鈴木くらいのオッサンが2人で乗っている。
ついでに言えば金髪のほうは捲った袖から覗く右の前腕に、茶髪のほうは襟から覗く首筋に、それぞれ洋風で濃厚な彫り物がはみ出していた。
──ロッカーのバイト?
まぁ窓清掃が本業なのかもしれないけど。
でも2人揃って洋楽ロックバンドによくいるような細マッチョだし、せっかくだからバンドと肉体労働を両立させててほしい。
何がせっかくなんだかわからないけど山田は思った。
──てかヤベェだろ、この高さ?
地上からの距離を考えながら通りかかったとき、茶髪のほうと目が合った。
なぜか満面の笑顔を寄越した茶髪は、山田を指差してから次に山田の背後を指し、立てた2本指を口元に当てて煙草を吸うようなゼスチャとともに首を傾げた。
──これから一服かって訊いてんのか?
それにしても紋々入りの細マッチョなサンオツのクセに、そんな仕草が妙に似合う野郎だ。
山田はポケットの箱から煙草を抜いて咥え、背後の喫煙ルームを指差して頷いてみせた。
途端に物欲しげなツラになった茶髪が山田の煙草を指し、それから自分の唇を指してこっちに近づけるフリをした。
──ソレ俺も欲しいって言ってんのか?
思ったとき、金髪がイラついたツラで茶髪に何か言った。どうやら、フザけてないでさっさとやれ的な文句でも垂れてるらしい。
どう見積っても30には届かない金髪はしかし、茶髪よりも若干デカくて若干ガタイがよくて、さっきからクソ真面目なツラでひとり黙々と作業を続けてるし、どっちが年長なんだかって感じだ。
実際、拗ねたように唇を突き出して反論してるふうな茶髪は、いいトシこいた大人のツラには見えない。
だってさぁ吸いてぇんだもん。茶髪のヤツ、そんな言い訳してるに違いねぇ。
自覚はないけどこちらもいいトシこいた大人には見えない山田が、そう想像してニヤついた直後だった。
金髪がいきなり茶髪の顎を掴んだかと思うと、その不満げに突き出した唇に躊躇なく噛みついた。
──はぁ?
呆気に取られる山田の前、ガラスの向こうで空中散歩中の2人は傍目にもハッキリわかるほどディープなキスを展開し始めた。
正しくは金髪が無理やり舌を突っ込んでるようだけど、ギャラリーがいる前であんな濃厚なパフォーマンスを披露できるのは、
──やっぱステージ慣れしてっから?
山田の中では、彼らはもう完全にロッカー決定だった。
やがて茶髪を解放した金髪が、あれほど情熱的な接吻を喰らわしてたとも思えない相変わらずの仏頂面で茶髪に何か言った。
口が寂しかったんだろうが? これでしばらく我慢してろ──山田は同居人が言いそうなことを脳内でアテレコしてみた。
が、しかし。まだまだステージはハネてなかった。
呆然としていた茶髪がハッと我に返ったはずみで山田と目が合い、地上数十メートル──たぶん百メートルは超えてないはず? ──の箱に乗ってることを一瞬忘れたのか、ガバッと後ずさって腰をゴンドラにぶつけてバランスを崩してワッとなり、それを見た金髪が血相を変えて掃除道具を──幸いゴンドラの外じゃなく床に──放り出してパッと茶髪の手首を掴み、窓のこっち側では全身から血の気が引いた山田がひとり、廊下でヤツらを指差して絶叫した。
「あっぶねーっ!! あっぶねーからマジ!! いくら貞操帯、じゃねぇ安全帯つけてるからってオマエら! ビビらせんじゃねぇっ!!」
窓の向こうに聞こえたかどうかは定かじゃないが、あちらでも金髪が鬼気迫るツラで何事か怒鳴っていた。
対する茶髪も怒鳴り返してる。
大口開けて怒鳴り合う2人の距離はスレスレに近くて、時折鼻がぶつかりそうになる。鼻だけじゃなく唇だって再び触れ合っちまいそうな勢いだ。
加えて、金髪がビシッと立てた人差し指を茶髪の胸倉に突きつけてるのも血の気が多いガイジンの喧嘩みたいで、何だかだんだんエンターテイメントでも鑑賞してるような気分になってきた。
──うん、なんかこういう感じ、洋楽バンドのMVで観たことある。
それでいてよくよく見れば、また茶髪が落ちかけやしないかと警戒してるのか、金髪の片手が茶髪の腰の後ろをさりげなく支えてやがるし。
山田は煙草を吸いに来たことも忘れ、ショウケースの向こうで仕事を忘れて怒鳴り合う2人をかぶりつきで眺めながら、こちらも同じく勤務中だってことを忘れた。
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