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第39話 続・山田オッサン編【27】

 残暑厳しい夏の終わり、営業部全体の納涼会なるモノが催されることとなった。  とはいえ、もちろん仕事で出られないヤツもいるはずだし、会費を払いたくないって理由で拒否るヤツも少なくない。  それでもとにかくやるんだと営業部長が鼻息荒く、しかも企画課に幹事を捩じ込んできたモンだから、ここのところ課内がバタついてる上にプライベートでは息子、一郎の夜泣きで睡眠不足に悩まされてる田中係長が大荒れだった。 「部長の野郎、何だかんだ言って山田と飲みてぇだけに違いねぇんだからよ」  喫煙ルームでコーヒー片手に愚痴をこぼす田中に、佐藤が鼻で嗤った。 「いくら何でも、そんなことでンな大掛かりなイベントやるかよ?」 「でも少なくとも日程は営業二課の山田の仕事が忙しくないタイミングで、プライベートの予定も接待の予定も入ってねぇ日を確認してから決めろってお達しが来てんだぜ?」 「──」  脇で聞いていた鈴木が田中に言った。 「でもそれ、だからって山田さんは会費タダになったりはしないんですよね?」 「わかんねぇなぁ、あの調子だと。山田の会費は部長のポケットマネーから出るかもしんねぇな」 「それ、お友達割引とかないんスかね。1枚で5名様までOKな招待券とか」 「その5名には本田も入ってんだよな?」 「なんでいちいち本田くんをぶっ込んでくるんスか佐藤さん」 「だって5名ってよ、この3人と山田本人と、じゃああと誰だよ?」 「キリのいい数字を言っただけで特に意味なんかないっすよ。八つ当たりはやめてくれませんかね、ハニーがハゲ部長に狙われてるからって」  ハニー? と田中が呟き、咥え煙草の佐藤が目を眇めた。 「そうだよウチのハニーは見境なくモテやがるから困ってんだよ、悪ィか」  ハニー? ともう一度呟いた田中はふとブースの入口に目を遣り、2人に言った。 「お前らハニーが来たぞ、ホラ」  山田と本田がやって来た。 「俺にまで言わないでくださいよ田中さん」 「お前のハニーも来てんじゃねぇか」  鈴木の目が佐藤、本田、山田の順に巡り、ついでに誰もいない空間も舐めてから田中にゴールした。 「いませんね」 「何の話?」  煙草を咥えながら山田が佐藤に訊いた。 「何でもねぇよ」 「佐藤さんが、オレのハニーはモテて困るって」  言った鈴木を山田が見て、佐藤に目を戻した。 「オレのじゃねぇ、ウチのって言ったんだ」 「え、俺ハニー?」 「だったら何だ」 「じゃあ佐藤お前ダーリン?」 「なんか途端にラムちゃんめいたな山田」  田中が眠そうな目でコーヒー缶を傾けながら横からツッコむ。 「山田がトラ柄のビキニ着たらどうするよ佐藤?」 「脱がす」  何だか今日はみんな疲れてるようだった。  が。 「ラムちゃんって誰ですか?」  鈴木に訊いた本田の爆弾発言で、場は一斉にいきり立った。 「何だってぇ!? 本田テメェ!」 「おっ前、ラムちゃんを知らねぇのか!!」 「どんだけゆとりなんだよ!?」 「え、すみません……」 「ゆとり関係あるんスかね?」  そのひとことに年長者3人が同時に鈴木を見てから目を見交わした。 「あぁやってさりげなく本田を庇うあたりなぁ?」 「こりゃあ、やっぱ間違いねーよ?」 「まぁ周りがとやかく言うこっちゃねぇけどさぁ」 「別に庇ったワケじゃないし、なんかコソコソ言うのやめてくれませんかね」  聞こえよがしの陰口に文句を垂れる鈴木の声も、どこか覇気がない。  一気に膨れ上がったラムちゃんネタのテンションは瞬く間に鎮火し、喫煙ルーム内にはすでに倦怠感だけが充満していた。 「で、本田くんは何しに来たの?」  気怠く煙を吐きながら鈴木が言った。 「本田くんいるとイジられるから困るんだよね」 「そんなぁ鈴木さん」 「おいハニー、もっと優しくしてやれよ」  灰皿に灰を落としながら佐藤が言い、鈴木が眉を顰めて目をくれた。 「佐藤さんのハニーは山田さんっすよ?」 「誰も俺のとか言ってねぇ、本田のハニーだろうが鈴木。本田がハニーじゃねぇってさっき自分で言ったじゃねぇかよ」 「意味わかんないんスけど。本田くんがハニーじゃないからって、なんで俺が本田くんのハニーになるんスか?」 「ハニーはもうわかった。お前らそれぞれ2人きりのときにいくらでも呼べ」 「田中お前すげぇ疲れてんな」  山田が煙を吐きながら田中のツラを見た。 「なんかこのモチベーションの上がらなさ、田中の疲労感が感染してるような気がすんだけど」 「あぁ、だから営業部の納涼会がよう……」  どんよりとやり取りする先輩たちの横で、若さゆえか唯一感染してないらしい本田が鈴木を見て言った。 「ハニーって呼んでいいんですか? 鈴木さん」 「何言ってんの本田くん、いいわけないよね」 「じゃあ聡さんって呼んでもいい?」 「何言ってんの本田くん、いいわけないよね」 「どうしてですか?」 「シとサが繋がってて語呂が良くない」  ──そこなのかよ!?  いつしか耳がダンボになっていた先輩3人は、各々の胸の裡で思わずツッコんだ。  本当は他にもツッコみたいポイントがいくつかあったが、プレイヤー女子に迫る仮想彼氏みたいなツラで目を細めた本田が、 「じゃあ、さんを取っちゃってもいいですか?」  なんて、どこか甘ったるく聞こえる声で鈴木をまっすぐ見据えるのを見たらそりゃもう、瑣末なツッコミどころよりも係長の答えを聞き逃さないようにすることが最重要課題だった。  ちなみに本社営業部納涼大会が無事開催されたかどうかは、また別の話。

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