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第41話 続・山田オッサン編【29】

「なぁなぁこないだからずっと気になってんだけどさぁ、なんで本田がお前んちで腕時計外したんだよ?」  昼休み。  会社の近所のそば屋で昼メシを食いながら山田が訊くと、正面の鈴木が顔を上げて眉間に皺を作り、宙に視線を投げてから数秒後にあぁ……? と口を開けた。 「え? 山田さん、そんなことが気になってたんスか? ずっと?」 「そりゃ気になるぜ?」 「どうでもよくないスか? そんなの」 「どうでもいいことなんだったら教えろよ、むしろ?」  そばをモグモグしながら山田が促すと、鈴木はズルズルとそばを啜って日替わり定食でくっついてきた親子丼を掻っ込み、しばらく時間をかけてモグモグしてから湯呑みの緑茶を啜り、おもむろに言った。 「出前取ってですね」 「はぁ?」 「休みの日の昼前くらいに本田くんが急に来て、メシ時だから出前でも取るかってなって」 「そーやって何だかんだ仲いいのにナンで認めねぇんだよ?」 「別に仲いいワケじゃないけど、昼時に来やがるからしょうがないじゃないっすか」 「いや時間帯の問題じゃねぇよな?」 「じゃあ何の問題なんスか?」 「まぁいいや。で? 出前と腕時計が何だよ」 「そんで食い終わった器を本田くんが洗うときに外したんスよ、腕時計を」 「出前何食ったんだよ?」 「え?」  鈴木は訊き返してから残りのそばを啜り、親子丼をひとくち食ってから湯呑みの緑茶を飲み干し、すいませーんお茶くださーいとオバチャンに声をかけてから山田を見て言った。 「あ、そばっす」 「は? 何が?」 「だから出前」 「お前いま決めなかったか?」 「何を?」 「だから、そば食ったことにしよって」 「何言ってんスか、食いましたよ」 「何そば食ったの?」 「えっと……ていうか何なんすかコレ? 腕時計外した理由はわかったんだからもうよくないっすか?」 「いやいいんだけどよ。で、そば食ったあと何したんだよ?」 「それは何か腕時計の疑問と関係あるんスか?」 「いや単なる好奇心」 「じゃあ別に何だっていいじゃないスか」 「てか逆に、何なの? 人に言えねぇよーなコトしてんの?」 「そうやって探られるから言いたくなくなるんスよ」 「じゃあ訊かねぇから言えよ」  訊かなかったら鈴木は何も言わなくなった。  仕方がないから今日のところは諦めて会社に戻ると、ちょうど外出先から帰ってきたらしい本田と出くわした。 「おー本田」 「あ、鈴木さん山田さん、お疲れさまです。2人でお昼ですか?」  鈴木の名を先に口にしたことに引っかかりを感じたのは穿ち過ぎだろうか?  それよりも2人で昼メシかと訊く瞬間、乙女ゲー王子様の顔面を嫉妬にも似た色合いが過ぎったと感じたのは、それも穿ち過ぎなのだろうか?  そして山田と鈴木が一服すると言うと本田もついてきた。当然のごとく。 「なぁなぁ本田、こないだからずっと気になってんだけどさぁ、なんで鈴木んちで腕時計外したんだよ?」  歩きながら山田が訊くと本田は「え?」と戸惑ったようなツラを寄越してから鈴木を見て、鈴木の刺すような視線に迎えられて更に戸惑いを深めつつ、 「あ、えーとですね……次郎くんが」 「出前の器を洗うときに外したんだよね、本田くん」  言いかけた本田の声に鈴木が覆い被さった瞬間、本田はハッと鈴木を見てから山田に目を戻した。 「そうです洗うときに外したんです器を」 「え? いまお前、次郎がどうとか」 「次郎くんの件は別の日でした」 「別の日に何があったんだよ?」 「えっと、だから次郎くんが来て……その、抱っこするときに時計が当たったら痛いかもって思って外したよう……な?」  最後の「よう」から「な」までの間、本田は間違いなく鈴木の顔色を窺った末に「?」を付けた。  山田も一緒に鈴木の顔色を窺ったが何も読み取れず、本田に目を戻して訊いた。 「ラーメンの丼を洗ったんだっけ?」 「あ、えぇ、そう……じゃないです」  いま鈴木を見て答えを変えたよな? 山田が脳内でツッコむのと鈴木が「そば」と呟くのとが同時だった。 「あ、そうそうラーメンじゃなくてそばの丼です」 「丼? このクソ暑ィのに、わざわざあったけぇそば食ったのかよ?」 「何食ったっていいじゃないスか」  答えたのは割り込んできた鈴木だ。 「山田さんだって真冬にアイス食いますよね?」 「そういう問題じゃねぇよな? お前ら隠し事すんなら口裏ぐらい合わせとけっての、気になってしょーがねぇだろーが!」 「何スか急に熱くなって? てか別に隠し事なんかしてませんし。ねぇ本田くん」 「えぇ全然」 「わかった、もういい。じゃあさ訊くけど本田、そばの丼洗ったあと何して遊んだんだよ2人で?」 「え? 遊……」  不意を突かれたように本田のツラが固まり、みるみる動揺が広がるとともに頬がほんのり染まって、助けを求める目が鈴木に向けられる。  受け止めた鈴木が舌打ちして短く言った。 「コックリさん」 「あ、そう、そうですコックリさ……ん?」 「いや鈴木はやりそうだけどよ、明らかにウソだよなソレ?」

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