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第43話 続・山田オッサン編【31】

 仕事中、佐藤弟と山田妹がとにもかくにも入籍したらしい旨のLINEが来た。  そこで夜、佐藤兄と山田兄は帰宅途中に連れ立って彼らのアパートに立ち寄った。 「まぁなんか、田中じゃねぇけど確かに早かったよな」  いろんな手続きのために数枚取って来たという妹の住民票の氏名欄を眺め、山田は妹夫婦を順に見て確認した。 「大丈夫か? お前ら互いに後悔してねぇか? 特に紫櫻」 「え? なんでシオちゃん重視で訊くの? イチさん」 「だってよぉ、苗字がこんなに短くなってよぉ」 「嫌だ、お兄ちゃん。それが1、2を争う喜びなのに後悔するわけないじゃない、そんなことで」 「え、シオちゃん、それ1位か2位なの?」 「2位よ、ケンジくん」 「紫櫻お前、いま2位に決めたよな?」 「や、でもいいんだよイチさん」  所帯を持ったせいで何かのスイッチでも入ったのか、やけに大人びたツラで佐藤弟は山田を制し、言った。 「俺だってイチさんの義弟になったことが1、2を争う喜びだから、おあいこなんだよ。ね、シオちゃん」 「じゃあ苗字が変わった喜びを1位にしてもいい? ケンジくん」  新婚夫婦のやり取りの横で佐藤兄が山田兄を見て訊いた。 「お前ら兄妹は腹違いだけど、コイツとお前は普通に義理の兄弟になるのか?」 「なんかそのへんよくわかんねぇんだけど、まぁカーチャンの愛人が俺を認知してっからなぁ一応……?」  だからまぁやっぱそーなんのかなぁ、でもよくわかんねぇんだよなぁ、とボケッとしたツラで宙を見る山田のそばで、佐藤弟もフヤけたツラで宙を見て呟いた。 「てか、イチさんが兄貴……」  何を想像してるんだか知れたモンじゃない弟の存在を視界から抹殺し、佐藤兄は義妹に訊いた。 「次郎も佐藤なのか? もう」 「はい、養子縁組の手続きも一緒に済ませたんで」 「じゃあ佐藤次郎?」  佐藤兄の微妙な表情の隣で山田兄も眉を寄せた。 「いいのかよ、そのフルネームで?」 「お前が次郎なんて名前つけるからだろうが山田」 「こんなことになるとは思ってなかったしなぁ」 「なんかいるよな、そんな感じの名前の俳優かなんか?」  ちなみに佐藤次郎本人は、今夜はもうベッドで夢の中だ。 「佐藤次郎だったら、まだ佐藤一太郎のほうがマシだよなぁ」  しみじみ言った山田兄を他の3人が見た。 「山田お前──」 「お兄ちゃん、やっぱり──」 「イチさん、日本じゃ重婚は違法だから──俺っ……」 「はぁ? ナニ言ってんのお前ら? 単なる比較じゃねぇかよ? ──え? 何? 俺が、さっ……佐藤のヨメになりてぇとかいうハナシじゃねーからな……!?」 「でけぇ声出すなよ山田、佐藤次郎が起きちまうじゃねぇか」  窘める佐藤兄の唇の端は完全に斜めになっている。そのニヤけ面に山田兄の目がいよいよ三角になった。 「ナンでわざわざフルネームで言うんだよ!?」 「やだもうお兄ちゃん、赤くなって……」 「なってねーしっ」 「何だったらイチさんも俺と養子縁組──する?」 「はぁ? 何マジなツラで言ってんのオマエ?」  兄の殺気を脇から殺ぐように、サッと居住まいを正した妹が取り繕うように総括した。 「まぁとにかく私、次郎はやっぱり、将来的に田中さんとこの一郎くんとコンビ組ませるのが一番いいと思ってるの」  だから名前のことは気にしないで、と兄に言った新妻を見て野郎3人は思った。  ──何のコンビ?  ──どんな選択肢の中で「一番いい」んだ? 「これで田中さんとも家族ぐるみの付き合いになるわね、お兄ちゃんたちも」 「いやコンビ組ませるとか、ちゃんと両親の了解取れよ? てか俺らじゃなくてお前らだろ? 家族ぐるみになんのは」 「鈴木も家族ぐるみの付き合いに入れてやれよ。あんなに次郎と仲いいんだからよ」  佐藤兄の言葉に、義妹が思案するような目を天井に向けた。 「だったら本田さんも入れないといけないかしらね」 「いや、だったらっつーか、鈴木と本田は家族じゃねぇしな……」 「ところで気になってたんだけど本田さん、どうして鈴木さんの家で腕時計外したの?」 「あーそれ、訊いたけど全然ハッキリしねぇんだよなぁ」  答えたのは山田兄だ。 「ヤツら限りなく怪しいことしか言わねぇんだけど、とにかくウソしか言わねぇから真相がちっとも明るみに出てこねぇんだよ」 「やーでも、鈴リンが修ちゃんとなぁ?」 「いや限りなく黒いグレーだけどな」 「でもさぁ、鈴リンだぜ?」 「──」  まだ付き合いの浅い紫櫻を除く他の3人は、これまでの鈴木をいろいろ反芻した末に思考の蓋を閉じた。 「わかんね」  代表して山田が締め括り、気を取り直したツラで佐藤兄が弟夫婦を見た。 「それはそうと、お前らまだこの上下階に分かれて住むのかよ?」 「そのつもりだったんだけど、もしかしたら引っ越すかもしんねぇ」  それから、式はやらないつもりだけど近場に新婚旅行的なものでも行くかどうか迷い中だとか、近々みんなで集まって今度は入籍祝いでもしようぜなんて話をしていた最中だ。  山田がハッとしたように辺りを見回し、もしかして! と抑えた声を上げた。 「ここにいんの、俺以外全員佐藤!?」 「え? イチさん今さら?」 「まぁ、そうなるわね」 「それがどうしたんだよ?」  向けられた3人の視線から自らを守るかのように、山田は両腕で己を掻き抱いて身を捩った。 「なんかオセロで最後にひとつだけ真ん中に取り残された白い石の気分……!!」 「え、白なんだイチさん?」

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