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第44話 続・山田オッサン編【32-1】
田中をはじめ企画課のヤツらがこめかみに青筋立てながら手配した営業部納涼会が今夜、無事催行と相成った。
日程に始まり、人数だの男女比だの年齢層だの、会社と駅のどっち寄りだの、料理のジャンル、チェーン店か個人店か……あらゆるポイントから課内でさまざまな意見を侃侃諤諤と戦わせた結果、会社近辺の若干オシャレ系な居酒屋に落ち着いた。
非公式の主旨からいくと喫煙可というのが大前提条件だったから、せめて雰囲気や料理は女子に媚びたものにしようという作戦だ。
──そんな前置きはさておき。
とにもかくにも混沌とした宴会はさっきからとっくに幕を開けていた。
初っ端から部長に呼ばれてチンタラ近寄った山田は、そのまましばらく動くことができなくなった。
バンバンお酌して酔っ払わせてさっさとドロンしようと思ってたのに酌をするのは山田じゃなく部長のほうで、更に少しでも長く山田をその場に留めておこうと画策するヤツらがいたからたまったモンじゃない。
それは誰か。言うまでもなく、山田と飲みたい部長のワガママでクソ忙しい最中に幹事をぶっ込まれた企画課の面々だ。どうにかこうにか当日に漕ぎ着けたとはいえ、部長にご満足いただかなければ成功とは言えない。
そんなワケで山田がようやく逃げ出すことができたのは、酔っ払ったハゲ部長が山田と一課長を間違え始めた頃だった。
一課長は山田と体格の似た人畜無害な人物だから、あとは押し付けておいても問題ないはず。ただ山田だと思い込んでるハゲ部長にどこか撫で回されたとしても、そこまでは責任取れない。
一方その間、やはり企画課によって山田から遠ざけられていた佐藤はしかし、引き留める企画課の女子社員の熱烈アプローチが作戦なのか本気なのかを測りかねて持て余していた。
「佐藤くん、たまには女が懐かしくならない……?」
彼女は佐藤が入社したときすでに既婚者だった先輩社員で、現在中学生と小学生の娘たちがいる。
年季の入った結婚指輪が鈍く光る左手が、佐藤の右手にそっと重なった。
「山田くんと破局したとき、そりゃあ復縁するほうに賭けたわよ? 私。あなたたち2人、最初の同棲を始める前から赤い糸がチラついて見えたしね。だけどあんまり長く続くと、ふとした瞬間に外の空気を吸いたくなったりしない?」
ツッコみたい点はいくつもあったが、佐藤は話を長引かせない努力のためにも取捨選択してひとつに絞った。
「賭けたって何ですか?」
「あぁホラこないだ一旦同棲を解消したときにね、復縁するかどうかみんなで賭けたんだけど。するってほうが圧倒的に多かったから大した儲けにならなかったわ」
「──」
「あれって佐藤くんが浮気して山田くんが小島くんのところに転がり込んでこじれて破局したって噂だったけど、真相はどうなの?」
「根も葉もない噂です」
「まぁそうよね、確かもうその頃には結婚してたもんね、彼。それにしても小島くんってホントいい男だったわよねぇ。元気してるのかしら?」
「さぁ、どうでしょうね」
「佐藤くんも同じくらいいい男よ?」
「ありがとうございます」
「で……佐藤くん、たまには女が懐かしくならない?」
その頃、年上の人妻に迫られる友人を遠目に眺め、悪ィな佐藤──と田中は胸の裡に呟いていた。
ほんの少しの間でいい、山田をハゲ部長に貸し出してくれれば企画課の苦労が報われる。というより、貸し出してもらわないことには連中の腹の虫がおさまらない。
別に、あの山田をまんまとモノにしたことについて個人的に何か含むところがあったり、ましてやこんなことでちょっと憂さを晴らしたりしてるわけじゃない。これも仕事だ。悪ィなぁ佐藤。
ついつい頬が緩んだ田中のそばで、企画課の若手が感心したように首を振った。
「高橋さん頑張ってますねぇ」
高橋というのが、佐藤引き留め作戦に投入された人妻社員だった。
「それにしても、こんな大ごとになるほど山田さんってその、特別なんですか?」
俺いっぺんも話したことないんでよくわかんないですけど、と首を捻りながら田中を見てジョッキを傾ける。
「別にアイツ自身が何か特別どうこうってわけじゃねぇよ。ただ周りが勝手に特別にしちまうんだよな、寄ってたかって……まぁ、そうさせる何かがあるってことではあるけど」
ふーん? とイマイチ要領を得ない風情の部下を見て、田中はふと訊いた。
「お前、社内に彼女いるんだっけ」
「あ、えぇ総務にいる子で」
「悪いことは言わねぇから、お前も彼女もアイツには近づかねぇほうがいい。山田にその気がなくても、どっちか持ってかれるかもしんねぇからな」
「え、どっちか? 俺もっすか?」
「部長を見てみろよ。なんでこんな一大イベントになってんだ? それに──」
視線を巡らせると山田はすでに逃げ出したらしく、ハゲ部長の隣には影武者として一課長が据えられていた。
そして山田はと目で探すと、まだまだ佐藤から遠く離れた席で、なんと我らが企画課長に捕まっていた。
やべぇ……小さく呟いた田中の隣で、あぁ……と部下も呟いた。
「そういえば課長も何だかんだ結構、気にしてましたよねぇ? 山田さんのこと」
彼らの視線の彼方では、近過ぎるくらいの至近距離から山田を覗き込んでる企画課長が見て取れた。
──何やってんだ、あの小島もどきは!?
──部長が山田と一課長の区別もつかねぇぐらい酔っ払ってきたからって油断してやがんのか!?
課を挙げて部長の機嫌を取った努力を課長が率先して水泡に帰しかねない危機に、係長田中は舌打ちして部下に命じた。
「課長から山田を引き離して部長んとこ戻すか、それが無理ならこっちに連れて来るか、もしくは二課の鈴木に預けろ」
「わかりました」
仰せつかった彼はサッと立ち上がると、初めて山田本人に接する機会が訪れたという局面に気づき、ちょっと興奮したように目を輝かせた。
「てか、そういう話聞くとすっごい気になります山田さん。いってきますっ」
「──」
どうやら逆に興味をそそってしまったようだが、まぁ、もう仕方ない。
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