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第45話 続・山田オッサン編【32-2】#

 田中が目で追っていると、企画課長に何事か囁いて追い払った部下は入れ替わりで山田の隣に収まって話し込み始めた。  まさかとは思ったけど、ついさっきあんだけ釘を刺したばっかりなのに何やってんだアイツ──  田中が舌打ちしたところにフラリと鈴木がやって来た。 「なんか新顔が貼り付いてますねぇ、山田さんに」 「あぁ、ウチの若ぇヤツだよ」  田中が溜息を吐いて経緯を説明すると、鈴木は持参したジョッキを手にニヤニヤ笑った。 「余計なモン増やしたって佐藤さんに怒られますね、田中さん」 「うるせぇよ、てか大丈夫だろ? 総務の彼女とうまくやってんだから」  ただし、これからもうまくやっていけるかは神のみぞ知る。 「ところで珍しいな、本田は一緒じゃねぇのか」 「本田くんなら女子に捕まってますよ。捕まってるっつーより、コバエにたかられる食い物みたいになってますよ」  田中は食い物に伸ばしかけてた箸を止めて鈴木のツラを見た。 「え、今なんか、まさか嫉妬してたか?」 「はぁ? 何スか?」 「本田を掠め取ろうとする女子たちへの敵意が籠ってなかったか? 今」 「何言ってんスか田中さん? だって小島みたいに総浚いとまではいかなくても、アイツがあんなに女子を集めてたら回って来ないじゃないスか」  言って本田のいるほうを見る鈴木の視線を追って、田中も目を遣った。  長テーブルの彼方では、乙女ゲームの王子様が困惑げな笑顔で女子数名に囲まれていた。  鈴木が呟いた。 「女子はコワイとかさんざん言っときながら、あんなにデレデレしやがって……」 「鈴木お前、もっかい訊くけど嫉妬してるよな? 女子を侍らせてる本田じゃなく、タカッてる女子のほうに」 「何言ってんスか田中さん?」  田中のほうに目を戻しかけた鈴木が、途中で「あ」と口を開けた。 「アレまずいんじゃないスか?」  言って示すほうを見ると、山田の隣にいたはずの部下が二課長にすり替わっていた。  ついさっきまで不倫の噂を囁かれてる相手の女子と周りの目も憚らず仲睦まじげに飲んでたクセに、いつの間に……しかも部長からさほど離れてない席で馴れ馴れしく山田の髪に触ったりなんかしてやがる。 「ちょっと行ってくる」 「大変っすねぇ田中さん」  田中を見送った鈴木がジョッキを呷っていると、ようやく女子連中から逃げ出してきた本田が隣にやって来た。 「鈴木さぁん」 「あれ何、本田くん。あっちでハーレムやってなかったっけ」 「何言ってんですかもう、女の子ってやっぱり怖いですよう、ていうか鈴木さん」 「何」  煙草を咥えながら横目をくれた鈴木の腰に、本田の腕が縋るように回った。額が鈴木の肩に押し付けられる。 「会いたかったです」 「会ってたよね朝から、会社で」 「そうじゃなくて、僕は鈴木さんと飲みたいのに始まってからずっと女の子たちに捕まりっぱなしで……」 「何ソレ自慢?」 「鈴木さんも寂しかった?」 「全然、てか本田くん酔ってる?」 「何言ってんの? 酔ってないよ聡さん……」 「──」 「僕が女の子に囲まれてるの見て、ちょっとは妬いた? 聡さん」 「酔ってるよね本田くん?」 「ねぇ妬いた?」 「耳元で喋んのやめてくれる? そこ弱いんだから」 「知ってる」  耳に唇をくっつけて囁く乙女ゲー王子にベッタリ貼り付かれたまま、鈴木は煙を吐いてビールを飲んだ。  そんな二課の係長と部下を周囲が密かにザワつきながら見守り、数名の女子が興奮気味にスマホのカメラに収めていたが、当人たちは気に留める素振りもない。  ようやく年上の人妻から解放された佐藤も、そんな2人を遠目に一瞥していた。  アイツら──  その先はノーコメント。  彼らはさておき山田を目で探すと、すぐに見つかった。  見るたび別の人物が張り付いていた山田の隣には、今は見知った女子社員の顔があった。先日の一課の飲み会で佐藤にベッタリだった例の新入り女子だ。  一瞬ヒヤリとしたが、改めて見ると彼女はやけに楽しげな表情でよく笑い、山田は山田で女子向け仕様のツラで屈託なく応じているようだった。  やがて佐藤の視線に彼女が気づいた。  満面の笑みを山田に向けて席を立った彼女は、まっすぐ佐藤の前までやって来ると、やたらキリッとした眼差しで宣言した。 「係長。私、負けません」 「あぁ……?」 「係長から山田さんを奪ってみせます……!」 「──」  何があったのか知らないが、まぁ珍しいことじゃない。  それに、変に山田を敵視してディスられたりするよりは遥かにいいと思うことにする。今夜もやっぱりSNSで職場の上司をさんざん叩きそうだが、それもまぁ良しとする。  煙草を咥えながら彼女の背中を見送る佐藤のもとに山田がやってきて座った。今夜ようやく間近に感じる、相棒の馴染んだ空気だった。 「いいのかよ山田」 「何が?」 「俺んとこに来たらマズイんじゃねぇのか、企画課の努力を水の泡にする気か?」 「カンケーねぇよ、てかンなの知ったこっちゃねーし。俺が誰と飲もうが勝手じゃねぇか」  山田は文句を垂れながら佐藤が咥えた煙草を奪って火を点け、佐藤のジョッキも奪って呷った。 「まったくよう、飲み会で俺の隣にいんのがお前じゃねぇなんておかしいだろ? なぁ佐藤?」 「……まぁ、そりゃそうだけどよ」  でも企画課の涙ぐましい努力も汲んでやれよ? そんな知った風なセリフを吐きかけて飲み込んだ。山田の言うとおり、そんなの知ったこっちゃねぇ。  どいつもコイツも人のモンを何だと思ってやがる? 「帰ったら飲み直そうぜ、2人でさぁ」  煙を吐いて言う山田の、どこかねだるような色合いを眺め、佐藤は顔を寄せて囁いた。 「飲み直す前に服を脱ぐってのはどうだ?」 「──」  上目遣いに小さく睨んで寄越すツラはしかし口ほどにものを言い、提案に賛成なのは明らかだった。  その頃、山田の影武者に据えられていた妻子持ちで子煩悩な一課長が酔っ払った部長の情熱的なハグを喰らってブッ倒れたが、そんな些細なハプニングを除けばまぁそこそこ成功したんじゃないかと思われる営業部納涼会は、やがて恙無く閉幕した。

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