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第70話 続・山田オッサン編【46】
ある土曜。
最近忙しい佐藤がまた休日出勤で、一緒に昼メシを食うことになった山田はブラブラと会社の近くの定食屋まで出勤した。
ヒマなモンだから早めに着いてしまい、店に入ったのは開店直後の11時半。
世の大半のリーマンどもは仕事を休み、勤め人の皮を脱いだヤツらはまだメシのことなんか思い出しもせず遊んでるか、まだ夢の中にいてメシのことなんか思い出すどころじゃないかの2つにひとつって瀬戸際な時間だ。
店内にまだ客の姿はなく、山田が入口に立つなり店員のニーサンが寄ってきた。
「おひとり様ですか?」
「おふたり様っす。あとで来るんで」
答えた山田をニーサンがじっと見た。
「あれ? よく来ますよね? 平日のお昼に」
「えぇまぁ」
「今日は私服なんですね、お休みですか?」
休みだからリーマン戦闘服を着てないんじゃねぇかとツッコみたかったが、今後の昼どきに出禁を喰らったらいけないから堪えた。
「えぇまぁ、てか座ってもいっすか?」
「あ、失礼しました、どうぞ」
で、やっと席に着く。
いつもは他に2人ほどパートのオバチャンがいるが、今日はこの30そこそこのニーサンだけだ。聞けば土日は大して混まないため、オバチャンたちは正午から来てもらうことにしてるらしい。ちなみに水曜定休。
山田はとりあえずビールを注文し、普段は決して飲めない店で昼前からカッ喰らうという贅沢を味わうことにした。
「ご自宅はお近くなんですか?」
ジョッキを持ってきたニーサンが訊いた。
「そうでもないっすよ」
「休日出勤?」
だから休みだってさっき言ったよな? 思ったが、いつもちょっと天然なニーサンだから大目に見ることにした。
「……を、してる同僚とメシを食いに出てきただけで俺は休み。てかアンタ、厨房の親父っサンが睨んでっけど仕事しなくていいのかよ?」
「あ、しまった」
言って屈託のないツラで笑い、ニーサンは仕事に戻っていった。
それからすぐに佐藤から連絡が入り、もう着いてることを伝えるとほどなくやって来た。
「ビールかよ、いいご身分だな」
「休日のサラリーマンの特権だぜ?」
「俺もそっちの側に行きてぇよ」
佐藤が言ったとき、店のニーサンがお冷やとおしぼりを持ってきた。
「いらっしゃいませ……あれ、あぁいつものお連れ様ですね」
「そう、いつものヤツ」
山田が答え、
「休日出勤お疲れさまです」
ニーサンが佐藤に言い、
「はぁ、どうも? てか注文いいっすか」
佐藤がニーサンに訊ね、勝手に日替わり定食をふたつオーダーした。
「俺まだ決めてなかったのに」
「今まで何してたんだよ? ビール呑んだくれてただけか?」
「いや……てか日替わりって何だった?」
「生姜焼き」
「まぁいいや」
以前はメシを食いながら煙草を吸えてたこの店も、いよいよ時代の波に抗えなくなってしばらく前にランチタイムは禁煙となった。
若干手持ち無沙汰だったが、おかげで正面の同居人をまじまじ眺めることができた。
「なんか新鮮だな」
山田は頬杖をついて言った。
「何がだ」
「お前がスーツ着て俺が私服で、会社の近くでメシ食うとか? 今まで案外なかったよな、こういうシチュエーション」
「ダンナの職場まで一緒にランチしに来た専業主婦みてぇな気分か? 奥さん」
佐藤が唇の端で笑い、山田は目を三角にした。
「奥さんじゃねぇしっ」
「ゆうべも可愛かったぜ、奥さん」
「誰が──」
言いかけたときメシがやって来て山田は口を閉じた。
いつもの3倍増しくらい愛想を上乗せしたニーサンが、お待たせしましたぁと定食のトレイをふたつ運んで来て、ついでにやたらニコニコしながら山田を見てから立ち去った。
「何かあったのか?」
「別にねぇよ、お前が来る前にちょっと話したぐらいで」
「──」
「マジで大したこと話してねぇって」
「お前がホントに専業主婦だったら家から出さねぇよ、俺は」
「どんだけ嫉妬深ぇダンナだよ?」
メシを食い終えて店を出るときには客も増え、いつのまにかパートのオバチャンたちも店内を泳ぎ回っていたが、それでもニーサンは出入口まで見送ってくれて相変わらずニコニコしながら言った。
「またお休みの日にも来てくださいね。もちろん平日もお待ちしてます」
外に出てブラブラ歩き出すと、佐藤が煙草を咥えて山田を見た。
「ホントに何もなかったのか?」
「だから、ねぇって言ってんじゃん。なんであんな嬉しそーなのか俺だってわかんねぇよ」
「お前の磁力ってヤツはどうしようもねぇな」
そんなことを言い合ううち、すぐに会社のビルが視界に現れる。
「なぁ山田」
「うん?」
「お前、帰る前にロビーの便所に寄ってったらどうだ?」
「は? 俺さっき店出る前に行ってきたから別に──」
剥き出しの尻を男の手のひらが掴み、性急な仕種で腿へと辿って引き寄せた。
「さと……ヤベェって、こんな……トコでっ」
会社が入居するビルの一階ロビーの奥まった位置にある、コジャレた便所の個室のひとつ。
連れ込まれると同時に壁に押し付けられ、有無を言わせず唇を塞がれて貪られてあっという間にワケがわからなくなってしまった山田は、脚の間に強引に割り込まれて股間を掴まれていいようにされてるうちに、気がついたら下半身を剥かれて佐藤のシャツの背中に縋って懸命に声を堪えていたという次第だ。
「休日にオフィスビルのこんな辺鄙な便所に来るようなヤツ、そうそういねぇって」
「でも……ンんっ、あ──」
アナの入口を切っ先で圧迫されて、山田がひとつ大きく震える。
「ダメだってマジ……」
なんて言ったところで同居人が思い直すわけもなく、馴染んだモノにグッと押し入られれば山田だって安堵と歓喜の溜息を吐いてしまう。
繋がった途端トロリと眼差しを弛める山田を見て、佐藤が小さく笑った。
「すげぇエロくせぇツラしてるぜ? 山田」
「ッ──」
「ダンナの職場に来てセックスして帰るヨメってシチュエーションだな」
「やめろってソレ……ぁ、あ──!」
不意に揺さぶられて悲鳴を上げかけた山田の口を佐藤の手が塞ぐ。
「いくら人が来ねぇつっても、ンな声出すヤツがあるかよ」
苦笑して奥まで捩じ込むと、山田がノドを反らして手のひらにくぐもった喘ぎを漏らした。
「帰ったらお前の気が済むまで可愛がってやるから、今はコレで我慢してまっすぐ帰れよ? 奥さん──」
眇めた目を物欲しげに潤ませる山田の耳に唇を押し当て、佐藤は囁いた。
「知らねぇ野郎を引き寄せたりしねぇうちにな」
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