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第71話 続・山田オッサン編【47-1】

 息子ソックリのツラに穏やかな笑みを掃いたダンディなイケメンサンオツは、ビールのジョッキを手にのんびりした口調で言った。 「山田くんがうちに来てくれたときはまだ残暑って感じだったのに、もうすっかり秋だよね」  外回りの途中で同居人の親父っサンからLINEが来たのは、もうすぐ昼メシってタイミングだった。  所用で大手町に来てるんだけど、一緒にお昼でもどう? そんな内容で、自分はいま御徒町にいてこれから取引先に顔を出すからそのあとでよければ、と山田は返信した。  で、御徒町の駅近で落ち合って、ランチから通し営業している焼鳥チェーン店に収まったというワケだ。  ランチタイムの混雑も緩和されつつある、昼なお仄暗い地下の店内。佐藤父は息子の同居人を眺めて嬉しそうにニコニコしていた。 「スーツ着てると何だか印象変わるねぇ」 「ちなみに、どんな印象だったんですか? こないだは」 「年齢不詳、職業不詳かな」 「住所不定無職、自称会社員みたいな?」 「そういう怪しさはなかったよ」  言って笑い、親父っサンはジョッキを口に運ぶ。 「いいっすねぇ、平日昼間っからビール」 「悪いねぇ、僕だけ」 「いいえ、実は俺もこないだ佐……む、息子さんに同じような仕打ちをしたんで」 「へぇ? 何したの?」  そこで土曜出勤の同居人と昼メシを食った際に山田だけビールを飲んだ話をして聞かせたが、メシのあと会社のビルの便所に縺れ込んだ顛末はもちろん割愛した。 「休みの日にわざわざ会社の近くまで行って一緒にごはん食べるなんて、仲いいよね」 「いやあの、あまりにヒマだったんで俺が」  ふうん? と首を傾げた佐藤父は、でもそれ以上はツッコんで来なかった。代わりにこう言った。 「その後、どうなの? 弘司とは」 「え? どうって、な──何がっすか?」 「さっき、また息子さんって言ってたよね。まだ名前で呼んでないのかな」 「あ。そういやソレ、じつはあの日の帰りにやっちゃったんですよ初めてを」 「あれ、そうなの?」 「本人を呼んだわけじゃないんスけど、話の流れでうっかり口にしちゃってですね」 「なるほど」  そこへメシがやってきた。山田は親子丼、佐藤父は唐揚げ定食。味噌汁の具は少なかったが、値段のわりに総じて味は悪くない。 「おいしそうだね、親子丼。僕結構、隣の芝生が青く見えちゃうタチなんだよね」 「美味いですけど、でも息子さんが作る親子丼のほうが美味いっすよ」  すると佐藤父が箸を止めて山田を見た。 「弘司が作るの? 親子丼を?」 「親子丼に限らず何でも作ってくれますよ?」 「へぇ……アイツがねぇ」 「実家では料理してませんでした?」 「見たこともないね。昔からやってた?」 「作れることを俺が知ったのは今の部屋に引っ越してからです。本人曰く、今までは女になら作ってあげてたらしいスけど」 「で、今は山田くんが女になったと」 「あのそれ、ものの例えですよね?」 「ものの例えだよ?」 「えーと、ちなみに何作っても美味いっすよ、息子さんの料理」  へぇ……とまた呟いて唐揚げを口に放った佐藤父は、しばしモグモグしてから味噌汁を啜り、ふと言った。 「弘司のどこが好き?」 「は? え──す、好き?」 「だって嫌いだったら一緒にいないよね?」 「や、そりゃそうっすけど……」 「つまり好きってことだよね?」 「えーと、そりゃあ二択で迫られたら頷かざるを得ませんが」 「じゃあさ、こないだの交換条件、それと引き換えにしようか。名前はもう言っちゃったみたいだし、弘司のどこが好きなのか教えてもらおうかな」 「え、交換条件ってあの、遼平さんの秘密を教えてくれるってヤツですか?」 「そう」 「何度も訊きますけど、ホントにそんな秘密があるんスか?」 「あるって」  佐藤父のセクシィな笑顔を見ながら山田はそこにぼんやりと長男を重ね、その長男と自分の関係を脳裏に描き、親父っサンの質問について考えた。  佐藤のどこが好き──か?  改めて問われると何だろう。  味噌汁の碗を手に脳内で己の胸の裡を覗き、さらに潜って腹の底を探ったが、これといって求める塊を見つけることはできなかった。代わりにそこら中に充満する靄のような何かを掻き集めて、どうにか言葉を象ってみた。 「なんていうか──俺と一緒にいるのが当然って思ってるみたいなとこ……ですかね」  ジョッキを傾けていた佐藤父が目を寄越した。 「それだけ?」  山田は少し考え、頷く。 「弘司本人の内面だとかは関係ない?」 「というか、今は言葉にできるのがそれしかないってだけですけど、でも俺にとってはすごく大事なことだと思うんです……多分」 「他人事みたいな言い方だね」 「それについて、あんまりちゃんと考えたことがないから──よくわからなくて」 「じゃあ、どうしてその答えが最初にでてきたのかな? わからないって言いながらも、本当は自分でわかってる何かがひとつはあるんだよね、きっと」  同居人の父の声は静かで、無理やり聞き出そうとする気配もないのに何故か抗えない。というよりむしろ、ノドの奥に痞えてるモノを吐き出してしまいたい思いを不思議と掻き立てる。 「ひとりが……」 「うん?」  箸を持つ指先が思いがけず震えた。  山田は奥歯を噛み締めて息を整え、まだ震えの余韻が残る指先に目を据えたまま、できるだけ感情を込めないよう意識して小さく漏らした。 「──ひとりが怖くて」

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