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第73話 続・山田オッサン編【47-3】
「で、そんなデキた人がいるのにそれでもなお弘司なのは、その人が一緒にいられない相手だから?」
「違います。順番が逆です。初めから佐藤だった。でもそれじゃいけないって思ってたところに、都合よく……俺にとって都合よく、ソイツが現れたんです」
「都合っていうかタイミングが良かったわけだね、危うく」
「危うく?」
「だって、ひょっとして罷り間違えば弘司は捨てられてたわけだよね。その人には悪いけど僕としては、あぁ危なかったなぁってヒヤヒヤしちゃうよ、そりゃあ」
そこで味噌汁の椀を覗いて少し残ってたことに気づき、箸を取って手を伸ばす。
「でも一緒にいられないことが理由じゃないなら、その好都合な人を吹っ切らせたキッカケは何だったのかな」
「それは……すみません、ここではちょっと」
「あぁごめんね、じゃあ質問を変えよう。そもそもどうして弘司で、山田くん的に何がいけなかったの?」
どこまでも穏やかな問いに、山田はしばし躊躇ってから口を開いた。
「息子さんは──佐藤は、遼平さんの言うとおり大事なものを持たなかったことを俺も知ってます。何にも持たねぇヤツなのに──」
息を吸って、ゆっくり吐く。
「俺がひとりでいるところに、来ちまったんスよ。アイツ……」
半年同居した妹が出て行って、ひとりで暮らすには無駄に広い部屋で過ごしていた山田のもとに、佐藤はあるとき突然やって来た。
部屋余ってんだろ? お前んち。電話を寄越して唐突に訊いた同僚は、その日のうちにワンボックスのレンタカーに乗るモノだけを積んで有無を言わさずやって来た。
バラしたパイプベッドやパソコンデスク──そのくせパソコンは大して使わないからと捨ててきて、一番大きな荷物がマットレスぐらいのもので、何にせよ全部ひっくるめても余裕で空き部屋に入りきる量だった。
そして荷物だけじゃない。それまでは昼メシを食ったり飲みに行ったりするだけの単なる同僚だった男の本質は、一緒に暮らしてみるとじつによくわかった。
「遼平さん、俺は──何も持たねぇ主義のヤツに、よりによってこんなデカイ荷物預ける気なんかさらさらなくて、なのに何でかずっと一緒にいて、挙げ句に成り行きで事情を明かしちまって巻き込んで、それがまたなんか……どうせ話すなら話すでちゃんと肚を括ってからにしたかったのに、これじゃまるで成り行きで佐藤に背負わせたから結果的にそっちを選んだみたいな形になったのが自分的にイヤで、それもあってこれ以上心配させたくないっつーか、でもじゃあ身軽にしてやれよって言われてもアイツが自分から離れてくんねぇと、俺もう──てかすみません、何言ってんのかわかんなくなってきました」
やべぇ、と呟いて両手で顔を覆う山田に、なるほどなるほどと佐藤父は笑って頷いた。
「えっとね、まず言っておくけど、何かすごく辛い思いをしたんだろうねとか大変だったねとか、その手の言葉は僕は言わないことにするね。そこは弘司の役割だと思うから」
「あの俺──」
咄嗟に何か言い訳しかけて、でも言葉にならなかった。こんなこと、誰かに吐露するつもりなんか全くなかったってのに。
やっちまった……山田は膝の上で拳を握り、忸怩たる思いで溜息を吐き出した。遼平さんの魔力だコレ。この数分だか十数分だか、完全に操られてた気がする。何つーかまるで、手のひらに載せられて頭を撫で回されてたみたいな気分だ。
「今言ってたようなことも、遠慮しないで何もかも話してあげたら喜ぶと思うんだけどなぁ。もちろん心配はするだろうけどね。でもアイツは巻き込まれたなんて思ってないはずだし、どっちにしろ心配させたらいいじゃないっていう僕の意見は変わらないかな」
「──」
「それにひとりが怖いっていうのも、早いとこ伝えておいたほうがよくない?」
「そのうちには……」
「うん、無理にとは言わないよ。でもね山田くん、頼みがあるんだけど」
「はい」
「成り行きでも何でも、いっぺん背負わせちゃったからには脇目は振らず弘司に預けてもらえないかな。他の誰かと迷ったりしないで」
「それはもう……ないですけど」
「でさ、迷わないだけじゃなく全部話してあげてよホントに。急がなくてもいいから、山田くんのペースで。預けた荷物の中身を、いずれはみんな見せてあげてくれたら嬉しいなぁ」
できるかな? と笑顔で覗き込まれたら、たとえまだ決意がなくとも頷かざるを得ない。
「わかりました、でもあの」
「うん?」
「そんなことやってたら息子さん、行き遅れちゃいますよ」
「すでに行き遅れてるよ」
「それはそうですけど」
「山田くんも行き遅れてるよね」
「えぇ、それはそうですけど」
「大体、山田くん以外に興味ないのにどこの誰と結婚できるの? アイツが」
「──」
「山田くんも予定ないんだよね?」
「そりゃ、ないっすけど」
「良かった良かった。じゃあ、ちょうどいいね」
「──」
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