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第74話 続・山田オッサン編【47-4】#

「ウチはまぁ、幸い健二だけでもどうにか片付いたし、あとは妹さんがもう1人産んでくれたら上出来かなぁ」 「はぁ、せめて妹がお役に立てればいいんですが」 「今でも十分助かってるよ、健二を引き取ってくれて。弘司についてはもはや結婚のけの字も期待してないし、今のところ山田くんだって弘司がいなかったら困っちゃうよね? あんなヤツでも」 「それは俺の問題なんで……」 「まぁまぁそんなこと言わず、愛想が尽きるまではそばにいさせてあげてよ。それに、僕は今まで弘司の欠けてるところに山田くんが填ったんだと思ってたけど、話聞くとどうやら山田くんの穴に弘司が填ったとも言えそうだしね」  山田は慎重に佐藤父の表情を窺った。 「穴……」 「あ、ものの例えだよ? ていうか空洞? 空きスペース?」  確かに同居人は空き部屋に押し入って来た。いろんな意味で。  しかし今この親父っサンは何故、ものの例えだってわざわざ断ったんだろう? 疑問に思うそばから佐藤父が付け加えた。 「一応言っとくけど、弘司が山田くんの穴にハメたとは言ってないよ?」 「あの、どうして付け足したんスかソレ」 「いや、何か誤解してるって誤解されてたらいけないから」 「参考までに訊きますけど、どんな種類の誤解っすか?」 「大人になるといろいろあるよね」  佐藤父は全く答えになってないことを言い、さらに関係ないことを言い出した。 「ねぇ山田くん知ってる? 人って漢字は支え合ってできてるんだよ」 「小学校低学年の国語の授業ですかね」  山田が答えると、うんまぁ誰でも知ってるよねとイケメンなサンオツは笑い、両手の人差し指の先をくっつけてみせた。 「山田くんと弘司はこの究極の例っていうか、きっとものすごく絶妙なバランスで支え合ってるんじゃないかなって思うんだ。二等辺三角形の等辺みたいにおんなじ角度、おんなじ長さでね。つまり、お互いにまるっきり同じ強さでお互いを必要としてるってこと」 「──」 「まぁ実際に山田くんと弘司で人の字を作ったら、筆文字みたいな段違いになっちゃうんだろうけど」 「それ身長差の話っすか」 「ご名答」  佐藤父は笑い、山田の前を指差した。 「ところでその親子丼、もしもう食べないんだったらもらっていい?」 「は? あの、すげー食いかけですけど」 「全然構わないよ。何たって隣の芝生が青く見えちゃうもんだからね、さっきから気になってしょうがなくて」  手を伸ばして丼を攫っていった親父っサンは、やたら嬉しそうに残りを平らげながら、 「これもなかなか美味いけど、弘司がもっと美味いの作るのかぁ。信じられないなぁ」  と笑い、言った。 「よし、じゃあ約束どおり僕の秘密を教えてあげるよ」 「え? ホントっすか?」 「そりゃあ約束は守るよ?」 「でもあの俺、最初の質問に答えられてませんよね、多分」 「最初の質問って何だっけ」 「息子さんのどこが好きかっていう……」 「あぁそれ? 僕は答えてもらったつもりでいたけど。要するに、山田くんの穴に弘司が入っちゃったってことなんだよね?」 「ものの例えっすよね」 「うん、ものの例えだよ」  親子丼を食う手を一旦止めて答え、続ける。 「それに、もしちゃんとした答えを引き出せてないとしても、交換条件以上のことをたくさん教えてもらったし」 「あの、ここで話したことは息子さんには」 「大丈夫、内緒にしておくよ。山田くんからアイツに話してくれるんだもんね? そのうち」 「えぇ、あの、ついでにメシ食ったことも内緒にしてもらっていいですか?」  何しろ、知れるといろいろ言われるに決まってる。 「うん? いいけど」  佐藤父の穏やかな笑顔を眺め、同居人が彼に抱いてるらしい確執みたいなモノについて山田はちょっと考えた。  佐藤の中にある父親像は、それはそれでかつては正しいイメージだったのかもしれない。でも親父っサンだって社会でいろんなモノ背負い込んでトシを食いながら相応に成長してったはずだし、実際こうして話していても理解やら思慮やら分別やらその他諸々を十分に備えてる、むしろできすぎてるくらいのオッサンで、それどころかこんなにも抗いがたい魅力に惑わされて気づけば肚の底まで根こそぎ浚われてた。  それに誰よりも息子のことを把握してるし、否定もしない。  そういえば山田の話を聞いていても、親父っサンは基本的に否定というものをしなかった。何を聞いても、全て何らかの形で肯定に持っていく。  それがどんなに山田の口を軽くしたことか。おかげで思い返すのも恥ずかしい赤面モノの告白をさせられた。まさか、メシを食いに来てこんな目に遭うとは思いも寄らなかった。  が、それはともかく、だから佐藤だって一度ちゃんと話してみればきっと──考えかけたとき、米粒ひとつ残さずカラにした丼を山田のトレイに戻して佐藤父が手招きした。 「耳貸して」 「はぁ」  にわかに緊張が過ぎり、高鳴る胸を鎮めつつ身を乗り出す。  そして。 「あのねぇ……」  声を潜めて囁かれた内容に山田は固まり、口を開けてダンディなイケメンサンオツのセクシィな笑顔をガン見した。 「冗談っすよね?」 「まさか。ホントだよ?」  ──ンなバカな……マジでぇえ!?

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