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第76話 続・山田オッサン編【49】
ある晴れた日曜。佐藤次郎は大好きなスズキと、スズキほどじゃないけどこちらも大好きなシュウちゃんと3人で動物園に出かけた。
シュウちゃんはとってもカッコよくてとっても優しいけど、シュウちゃんも次郎の大好きなスズキを好きだからライバルだ。
でも3人でのお出かけは楽しい。だけどスズキとシュウちゃんが仲良しなのを見てると、嬉しいのに何だかちょっとイヤだ。
それをスズキに言ったら、
「ジレンマっていうんだよ、そういうの」
と次郎の頭を撫でながらスズキは言った。
次郎が頷くとスズキは訊いた。
「シュウちゃんがいないほうがいい?」
スズキはいつもシュウちゃんのことをホンダくんって呼んでるけど、次郎に向かって話すときはシュウちゃんって言う。
「ううん。あのね、シュウちゃんのことはすきなの」
「そうか」
「スズキは?」
「何が?」
「スズキはシュウちゃんのことすき?」
そのときのスズキの表情を何と表現すべきなのか、幼い次郎にはわからなかった。
ちなみに母の紫櫻と新しい父のサトケンと3人で出かけるのも楽しいけど、母はスズキよりも口うるさいし、サトケンは好きだけど母を好きなライバルでもある。
それも「ジレンマ」なんだね、次郎が言うとスズキはニコニコ笑って、次郎はホントに賢い子だねぇオジサンに似なくて良かったねぇ、とまた頭を撫でてくれた。
とにかく、そういうわけで今日も3人一緒で、何だかんだ言ったって今日も次郎はシュウちゃんに抱っこされていた。
「ホラ次郎くん、キリンさんがいるよー。おっきいねぇ」
シュウちゃんがキリンを指差して言い、
「キリンって結構、凶暴なんだよ次郎」
隣に立ったスズキが笑顔で言った。
「どうしてそういうことを小さい子に言っちゃうんですかぁ鈴木さん」
「幼児にだって真実を知る権利はあるよね」
「そういうのも知る権利って言うんですかぁ?」
「じゃあ他に何て言うの?」
キリンに続いてゾウやサイにも会って、ライオンやトラやヒョウたちにも会ってから、ちょっと早めのお昼ごはんにしようってことになった。
レストランに入り、スズキとシュウちゃんがカレーをオーダーした。次郎は母に持たされたお弁当だ。
食べてる最中、次郎はスズキの唇のそばにちょっぴりカレーがくっついてるのを発見した。
「スズキ、カレーついてるよ」
次郎が指差して笑うと、
「ホントだね」
シュウちゃんも笑い、指を伸ばしてスズキのカレーを拭って、その指先をペロリと舐めた。
そしたらスズキがちょっと怖い顔をしたけど、シュウちゃんはとっても嬉しそうだった。
「鈴木さんのそういうところ、すごく可愛いです」
「あのね本田くん。周りが見たらヘンな誤解するからやめてくんないかな、そういうの」
「誤解って何ですか?」
「ゴカイってなぁに?」
次郎も何だかわからないから訊いてみた。するとスズキが教えてくれた。
「周りの人が、こうなんだろうなぁって思ったことが、本当は間違ってることだよ」
「まわりのひとが、なんのヘンなゴカイするの?」
「うん?」
「スズキ、まわりがヘンなゴカイするからやめてってシュウちゃんにいったでしょ? なにをゴカイするの?」
またスズキが、何と表現すべきなのか幼い次郎にはわからない表情になった。
「そうですよ、何を誤解するんですか?」
「うるさいな本田くん」
「もしかして鈴木さん、指で取ったから怒ってるんですか? 僕が直接舐めなかったのは……」
「何言い出すわけ? 本田くん。ホントやめてくんない」
「だってゆうべ──」
「本田くん、ちょっと黙ろうか」
スズキがニコニコ笑うと、シュウちゃんがちょっとションボリした。そんな姿を見ると、スズキを好きなライバルとはいえ可哀想になってしまう。
「シュウちゃん、げんきだして」
「うん、ありがとうね次郎くん。元気だよ」
そう言って笑ったシュウちゃんはやっぱりすごくカッコよかったけど、スズキはまた何と表現すべきなのかわからない表情で全然違う方向を向いてしまった。
「きのうケンカしたの?」
次郎はシュウちゃんに訊いてみた。
「してないよ?」
「じゃあいいけど」
「うん大丈夫、とっても仲良しだったよ」
「本田くん」
ケンカしてないのにスズキは怖い顔をして、しばらくシュウちゃんのほうを見なかった。
ごはんを食べ終わったあと、次郎はトイレに行きたくなってスズキに連れてってもらった。
シュウちゃんはその間お土産物屋さんを見てるって言ってたけど、次郎とスズキがトイレから出てきたら外で知らない女の人2人と話してた。
それを見てスズキが立ちどまり、でもすぐにこっちに気づいたシュウちゃんが女の人たちに何か言ってから走ってきた。
「写真撮ってくれって頼まれちゃって」
「あ、そう。もういいの?」
「はい、もう撮ってあげました」
「ふうん」
「あの、それだけですから」
「誰も訊いてないよ、そんなこと」
「聡さん」
シュウちゃんがちょっと大きい声を出して次郎はビックリした。
シュウちゃんは時々、スズキのことをサトシさんって呼ぶ。どうしていつもはスズキさんなの? って訊いたら、スズキさんが嫌がるからねってシュウちゃんは寂しそうに言ってた。
でも、じゃあどうしてサトシさんって呼ぶの? って訊いたときは、どうしてだろうねぇって嬉しそうに言ってた。
あのときは嬉しそうだったのに、今はちょっと怖い顔でサトシさんって呼んだシュウちゃんは、そのままの顔で言った。
「だったら、そういう顔しないでください」
「そういう顔って?」
次郎もスズキを見上げたが、その表情を何と表現したらいいのか幼い次郎にはやっぱりわからなかった。
それからシュウちゃんがスズキの耳元でコソコソって何か言ってから、ごめんなさいって謝って、怒られるようなことしたの? ってスズキが訊いて、したんじゃないかなぁって答えたシュウちゃんの顔はもう笑ってて、何だかわからないけど仲直りしたらしいことは次郎にもわかった。
「あ、ゴメンね次郎くん、お待たせ」
シュウちゃんがニコニコしながら次郎を抱っこしてからスズキと手を繋いだら、スズキはパッとその手を振りほどいて何してんのホンダくんって言ったけど、怒ってるわけじゃないみたいだった。
そのあとはスズキとシュウちゃんも仲良しになって、シュウちゃんが「お揃いの箸を買ったんですよ」って言って、動物園のキャラクタの下にそれぞれ『さとしくん』『しゅうちゃん』って書いてあるお箸を見せたら、なんでお前は『ちゃん』なの、シュウ──ってスズキが笑って、その顔が何だかすごく嬉しそうだったから次郎も嬉しくなった。
そしたらシュウちゃんが、次郎くんとママとサトケンさんのも買ったから持って帰ってねって言ったから、もっと嬉しくなった。
「その箸、次郎の練習用にはまだ無理じゃないの」
スズキが言った。
「えぇ次郎くんが使えるのは、もうちょっと大きくなってからですけど」
「ていうか、シオウなんて名前のがあったの?」
「さすがにありませんよう。しーちゃんっていうのにしました」
「ふうん」
「ところで鈴木さん、今日も泊まっていいですか?」
「何のために?」
「一緒にいたいからです」
「昨日からいたよね」
するとシュウちゃんは次郎を抱っこしたまま、もう一方の手でスズキのこともギュッとした。
「いつからいようと関係ない。今夜もずっといたいんです──聡さん」
そのときのスズキの表情もやっぱり、何と表現すべきなのか幼い次郎にはわからなかった。
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