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第78話 続・山田オッサン編【50-2】

 山田は灰皿に灰を落として言った。 「てか何お前んち、なんか曰く付きの家系?」 「多分、いわゆる一般家庭とはちょっと違うかもしれません」 「エリカは家業のほうやんねぇの?」 「俺は仕事と趣味が忙しいんで」 「エリカって何の仕事やってんの?」 「IT関係の会社で経理やってます」  山田は数秒、目付きの悪いボウズのツラを無言で眺めた。 「もっかい言って?」 「IT関係の会社で経理やってます」 「──」  どのツラ下げてIT関係? しかも経理? 「家業カンケーねぇじゃん!!」 「だから家業はやってないって言いましたよね、さっき」 「聞いたけどよう、それにしたって! あ、てか関連企業?」 「無関係です」  じゃあ、どうやって潜り込んだんだよ!? もっとツッコみたかったが、もしも本当に純粋に本人の努力で就職してたらさすがに失礼かもしれないから耐えた。 「あぁそう、まぁ……大変そうだよな経理って」  ツッコめないとなると、もはやどうでもいいコメントしか出てこなかった。 「ところで兄貴はあんたの趣味知ってんの?」 「一応。まぁ知らなかったら部屋に入れられませんね」 「フォトジェニックなインテリアだから? それともクロゼットに女モンが満載だから?」 「両方です」 「俺もエリカの部屋見てぇなぁ」  するとエリカは、底光りする目を掬い上げるような角度で寄越して言った。 「部屋に入ったら有無を言わさず着替えさせますけどいいですか」 「えーナンで!? 兄貴はお着替えしてねーじゃん!」 「さすがに兄さんを着せ替え人形にする気は起きませんよ、そりゃ」 「俺なら着せ替え人形にする気が起きるってのかよ? あのな、俺はもういいトシこいたサンオツだぜ? 着せ替えサンオツだぜ?」 「この世界、山田さんくらいのトシなんてザラにいるし、もっと上の方々だって沢山いますから。大丈夫ですよ」 「どんな世界で何が大丈夫なのか全然わかんねぇ」 「そういえば本田さんもやりませんかね、ホントに」 「も、っつーか俺はやんねーよ? まぁ本田は鈴木がやれって言えばやるだろうけどよォ、でも鍋んとき佐藤も言ってたけどフツーに似合いすぎてつまんなくねぇか? あ、別に着せ替え人形の座をアイツに譲りたくねぇから言ってんじゃねぇからな? そこ誤解のねぇようにな? それよかむしろ、やっぱ楓さんに変身してみてほしいなぁオレ的には」 「あ、山田さん、名前で呼ぶと怒るんですよ兄さんが」 「あ、やっぱ怒んの?」 「今年の正月にも、オジ──その、身内のひとりが酔っ払って名前のことをネタにしたら、兄さんが床の間の日本刀抜いてひと騒動でしたよ」 「切ったのか?」 「切ってません」 「なぁんだ」  山田がちょっと落胆したとき、エリカの向こうに兄貴が現れた。 「龍、帰んなきゃならなくなった」  龍──その呼び名に鳥肌が立った。その世界の空気みたいなモンにじゃない、違和感にだ。  だってエリカだぜ? ソイツ。そういや兄貴は知ってんのかな、弟のインスタの名前? まぁ見たことあるなら知ってんだろうけど……てかこの兄貴がインスタやってたらウケる。てかそれヤベェ、やってたら見てぇ。  兄弟を眺めながら胸の裡で呟いていたら、秋葉兄がこっちを見た。 「さっきの話ですけどね、一太郎さん」 「どの話でしたっけ」 「あんまり会うことはないっていう発言を撤回していただこうかって話です」  兄貴の言葉に、弟が2人の間を視線で往復した。が、とりあえず黙って様子を窺うことにしたようだ。  山田は短くなった煙草を名残惜しげに吸ってから捨て、言った。 「だってホントに会う機会ないっすよね?」 「機会を作れば会ってくれるんですかね?」  山田が弟のほうをチラ見すると弟も山田を見ていた。まだ知り合って日は浅いが、それなりに意思は疎通した気がした。が。  兄さん──秋葉弟の慎重な声には耳を貸す素振りもなく、秋葉兄は山田をまっすぐ見たまま質問を投げてきた。 「1人暮らし?」 「いえ、同居人がいます」 「彼女?」 「いえ、同僚です」 「どうやったら、あんたを譲ってもらえるのかな」 「──は?」 「兄さん、そりゃ無理だ」  堪りかねたようにエリカが横から声を上げたが、秋葉楓は相変わらず意に介する風もなく繰り返した。 「あんたを譲ってもらうにはどうすりゃいいんだ? 山田一太郎さん」 「……えーと?」 「兄さん」 「龍、黙ってろ」  静かに、しかし威圧的に一喝する兄貴を、楓さん! と思わず遮ってから、ちょっぴりしまったと思ったことは否定しない。でも顔を強張らせたエリカをよそに、秋葉兄は表情を変えることもなくこちらを見据えたままだった。まぁ幸いこの場には日本刀もないし、だから山田は続けた。 「なぁ楓さん。欲しけりゃ何だって手に入る世の中じゃねぇし、それに身内を尊重しねぇヤツを俺は尊重しねぇよ?」  心にもないことをそれっぽくテキトーに言ってみたら、敵は案外柔軟に了解の意を示して寄越した。  隣人の兄貴は納得したようにひとつ頷き、それから訊いた。 「一太郎さんあんた、ひょっとしてどこかの関係者なんですかね」 「いや全然」 「本当に?」 「えぇマジっすけど」  答えた山田を無言で数秒眺め、どこかの組織の跡取りじゃないかと思われる男はかたわらの弟に目を向けると、一般市民にはわからないアイコンタクトを取り合ってから再びこちらを見て唐突に話を切り上げた。 「じゃあ、また近いうちに」 「はぁ……まぁ機会が訪れたら」 「なぁ一太郎さん」 「はい?」 「もういっぺん、名前を呼んでみてもらえませんかね」 「──」  まさか呼んだ途端に懐に呑んでるモノで斬られたりはしねぇよな?

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