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第85話 続・山田オッサン編【54-2】

「なぁ山田」 「なんだよ」 「お前、なんでいつも玄関で寝てんだ?」 「はぁ?」 「俺が帰ったときに入口で転がって寝てることがたまにあったよな、昔から」 「酔っ払ってんじゃねぇ?」  山田は即答して、てか邪魔! と佐藤を押し退ける。 「洗い物が終わんねぇだろっ」 「そんなモンいいから、やめてちょっとこっち向けよ」 「なんでだよ」 「山田」  低く呼ぶと山田は渋々といった風情で中断し、クルリと振り返って何やら思い詰めた表情で上目遣いを寄越した。 「なんだそのツラ?」 「なぁ佐藤……」 「何だよ」 「俺──マジで最近肥ってねぇ?」 「はぁ? まだ言ってんのか」  おかげで訊こうと思ってたことが脇に押し遣られてしまい、佐藤は思わず眉を顰めた。 「だから食い過ぎで胃が出てる以外は変わらねぇって言ってんだろうが?」  正確には痩せ過ぎだったのがマシになってきた、だから本人は肥ったと感じるのかもしれないとは思うが、それを言えばつまり肥ったんじゃねぇかと騒ぎかねないから口に出さなかった。 「ホントかよ? でも俺なんかだんだんメタボなオッサンになりつつあるような気がしてよう……このままじゃヤベェんじゃねぇか、もしかしてジムとか行ったほうがいいんじゃねぇかとか最近考えてて」 「はぁ? ジムってまさか、駅前のアレか?」  最寄り駅のそばにも最近、24時間営業のトレーニングジムがオープンした。駅前で配っていた宣伝用のポケットティッシュを眺め、深夜なんてようスタッフいねぇ完全なセルフなんだから野郎だらけだよな? と山田が言ってたことを思い出す。 「山田お前、深夜の野郎だらけのジムに乗り込むつもりじゃねぇよな」 「え、野郎だらけとか関係ねぇし実際どうだか知らねぇし。俺はただメタボサンオツまっしぐらにでもなったらよう……」  そこで言い澱んだ山田は、本気か演技か判りかねる素振りで俯くと、両手でパーカーの裾をイジりながらこう言った。 「俺もう──用済みになるんじゃねぇかって」  佐藤はこっちに向いた旋毛を眺め、言った。 「何の話だ?」 「だから……これからどんどん俺がサンオツになってったら、お前──もう興味なくなっちまったりするよな?」 「──」  山田の不安に真面目に答えてやるべきなのか。それともさっさと一蹴し、訊こうとしていた疑問をぶつけるべきなのか。  そもそもそのくだらない苦悩は、不可侵領域に近づく気配を察した結果の回避手段に過ぎない可能性だって高い。  そうは思ったものの、天井を仰いで溜息を吐いた佐藤は結局、パーカーの裾をイジる山田の両手に手を重ねていた。 「そんなに心配なら見てやるから脱げよ」 「は……?」 「オッサン体型になってきてねぇか怖ェんだろ? 確認してやるから見せてみろって。ほら手を挙げろ」 「え?」  ホールドアップの姿勢をとった山田からパーカーを抜き去り、裸の上半身に両腕を回して抱き寄せる。 「何だよ、これじゃ見えなくね?」 「触って確かめる」 「って、あ……」  肩から肩胛骨へと手のひらを滑らせ、広背筋の感触を確かめつつ腰まで辿って、そのままスウェットのウエストから下着の中へ。 「てか、ちょ、ナニを確かめてんだよ?」  両手で尻を掴まれた山田が身動いで戸惑いの目を寄越した。 「だから、加齢で衰え始めてねぇかを確認するんだよな?」 「え? うん? でもコレなんの確認っ?」 「性欲の減衰」 「え? 俺、ンなの──」 「黙ってろ」  項を掴んで囁き、文字通り黙らせるために唇を重ねて舌を入れた。と同時に尻の奥に指で触れた途端、山田は封じられた声をノドの奥でくぐもらせた。     「んン、そこ……いつまでっ……」  山田が焦れたような声を上げて、脚の間に挟まる佐藤の頭を探った。  さっきから執拗に責め続けてる右脚の付け根の一点。そこにあるホクロについては昔、当時後輩だった野郎が言及したことがあった。 「さと──も、いい加減……!」  もどかしげな指が佐藤の髪を引っ張る。無意識にか、山田はさっきからねだるような仕種で腰を捩っては文句を垂れ続けていた。が、佐藤は無視して爪でホクロを擦った。 「昔、コイツのことを言ってたヤツがいたよなぁ山田?」 「知らねぇし、てか引っ掻くんじゃ、ねっ」 「いや、剥がせねぇかと思って」 「シールじゃねーし!」 「他の野郎をリンクさせるようなモンは、お前の身体に何ひとつあって欲しくねぇんだよ」  すると不意に山田が大人しくなり、佐藤の手に指が触れた。視線を遣ると、何か肚を括ったようなツラがまっすぐこちらに向いていた。 「──わかった」 「何がだ」 「じゃあ、焼けよ」

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