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第89話 続・山田オッサン編【57】
その夜、山田と鈴木は会社の近くのサンオツだらけの居酒屋でカウンターに座っていた。
が、とにかくもういろいろ端折って、山田はさっきからニヤニヤしながら隣の席の後輩と、その後輩に向こうからやたら話しかけてるサンオツを眺め続けていた。
もうとにかくいろいろ端折るが、ソイツは知らないオッサンだ。と言ってもグレイッシュトーンなダンディサンオツになるにはまだ早い、せいぜい40代半ば。山田たちより少し遅れてやって来た客で、ほかに空いてる席がなかったからそこに通されてしまった。
しまった、という言い方にはワケがある。そこには別の後輩が来る可能性があったからだ。
来るかもしれないし、来ないかもしれない。
どちらとも言えないから席を確保しておけなかった理由は単純、当人が仕事でちょっとしたミスをやらかして後処理のため残業していて、何時頃に上がれるかがわからないためだ。
で、アイツが来れたらオツカレ会して慰めてやろーぜと、まぁそれを言ったのは山田であって鈴木はいつもの調子で「自分がミスったんだから後始末に追われるのはしょうがないっスよね」と素っ気なく言ったが、そのツラが心ここにあらずって感じに見えたのは気のせいだろうか。
とにかくそんなわけで、山田と鈴木は居酒屋のカウンターにいて、知らないサンオツに懐かれてる鈴木を眺めながら山田は本田にLINEを入れてるところなのだった。
『まだ終わんねーの?』
返信が来るまでに2分かかった。
『そろそろ終われそうですが、まだもう少しかかりそうです』
『終われんの? まだかかんの? どっちなんだよ?』
返信が来るまでに4分かかった。
『もうちょっとかかります』
山田は、できるだけフザけてる了解のスタンプを喰らわした。
それから何のレスポンスもないまま7分経過したのち、山田は別件を送った。
『鈴木がさぁ』
『はい』
今度は即答だった。
『さっきからオッサンにナンパされてんの』
『僕を早く行かせるための冗談ですよね?』
また即答だった。
『現場写真送るか?』
再び返信が来なくなったから、山田はさりげなく鈴木方向にスマホを向けて証拠写真を激写した。
シャッター音は店内のザワめきに紛れたが、すぐ隣にいる鈴木だけは気づいたようだ。
「何撮ってんスか」
振り向いてそう訊いたから、
「いや面白ぇ現場を記録しとこーかなと」
山田は答えながら本田に送信した。
「まさかどっかに送ってます?」
「いやちょっと、残業中のヤツのドリンク剤的にな?」
すると鈴木は突然、ジョッキに残っていたビールを干して通りかかった店員のネーチャンを呼び止めた。
「会計お願いします」
「え? 出んの?」
で、何だかわからないけどいきなり会計を済ませ、鈴木が隣の40代リーマンに押し付けられた名刺を無造作に内ポケットに入れ、2人は店を後にした。
そのまま、とりあえず行き先も決めずにチンタラ歩き出す。
「帰んの? どーすんの? どっちにしたって本田に言っとかねぇと、アイツ来ちまったら……てか返信来てねぇな、そーいや」
「忙しいんじゃないスか」
「でもその前は来てたぜ? 特にお前のネタんときなんかソッコーだったぜ?」
「俺のネタって何ですか」
「だから、お前がオッサンにナンパされてるってネタ? で、信じねぇから証拠写真送ってやったってワケ」
「どうしてそういう余計な真似をするんスかね」
「だってお前がオッサンにナンパなんかされてっからヒマじゃん? 俺」
「ナンパなんかされてませんし」
「ただの世間話だったってのかよ? それにしちゃあよう、俺ってツレがいんのに遠慮もクソもなくお前を攫ってって、ずーっとお前とだけ喋り続けてたじゃねぇかよ、あのオッサン?」
「ですけど話の内容はっすね」
言いかけた鈴木の背後から、いきなり何者かがドン! と体当たりしたかと思うと両腕でギュッと掻き抱いた。
「聡さんっ!」
「はぁ本田くん? 仕事終わったの?」
「良かった無事で!」
「無事って何が? てか離してくんない?」
なぁオイ、今すげぇナチュラルに聡さんって言ったよな? 2人の脇で山田は思ったが声には出さなかった。
「だって山田さんが! 鈴木さんがナンパされてるなんて言うし証拠写真まで! 僕もう、鈴木さんが他の男の人についてっちゃったらどうしようかって!」
「何言ってんの? 俺が何のために知らないオッサンについてくわけ? 山田さんじゃあるまいし」
「え、ちょ、俺ついてかねーし」
「酔っ払って早大の職員かなんかの家までついてって佐藤さんにサルベージされたりしてますよね?」
「え、ナンでンなコト知ってんの?」
すっかり忘れてたけど、言われてみればそんな夜もあった気はする。でもマジでどうして鈴木が知ってんだか?
「けどありゃーオッサンじゃなかったと思うぜ? お前はサンオツ領域に片足突っ込んでる社会的地位の高そうなリーマンに名刺までもらっちまってたけどな鈴木? 俺はお前と違って早大野郎の素性なんか知らずじまいだし」
「社会的地位なんか高そうでしたっけ」
「ツラと髪型とスーツと喋り方で大体わかんだろーが」
「さすがリーマンに口説かれまくってるだけありますね、山田さん」
鈴木が言いながら名刺を出して目の前に翳した途端、その紙片を横から本田がサッと奪い、乙女ゲー王子らしからぬ乱暴な手つきでビリッビリに破り去った。
「こんなもの受け取らないでください!!」
「でもそれ、山田さんにあげるつもりだったんだけどね」
「いやいらねぇし俺」
「それでもっ、内ポケットにこんなの入れるなんて! 鈴木さんの内側に入っていいのは僕だけです……!!」
本田の発言の直後、場がちょっと沈黙した。
最初に口を開いたのは山田だ。
「今のどういう──」
が、すぐに鈴木に遮られた。
「ちょっと落ち着こうか、本田くん」
「なぁこの際ハッキリ訊いちまうけど、オマエら──」
「で、仕事はちゃんと終わったの本田くん」
「聞けよ鈴木」
「えっと、じつはまだちょっと残ってるんです。でもそれどころじゃないって、慌てて出て来ちゃって」
「本田お前も聞けって」
「あ、山田さん。さっきの人ですけど、話題はほとんど山田さんのことでしたよ」
「はぁ?」
「全然聞こえてませんでした?」
「いやすげーザワザワしてたしよう……てかだから、それより──」
「あの店で何度か見かけてて、声をかけたいけどかけられずにいたみたいっすよ、あのオッサン。で、さんざん胸の裡を聞かされた末にじゃあ紹介しましょうかってタイミングで山田さんが本田くんに写真なんか送るもんだから、面倒なことになる前に出ちゃいましたけど」
「なんかいろいろ意味がわかんねぇんだけど、特に後半」
「とにかく、じゃあ鈴木さんがナンパされてたわけじゃないってことですね?」
良かったぁと本田がやたら輝かしいツラで胸を撫で下ろし、鈴木がいつもどおりの素っ気なさで言った。
「だから、なんで俺がナンパなんかされなきゃいけないわけ? そんな物好きは世界にひとりもいれば十分だよね」
「え──それって、鈴木さん……」
「あのさぁオマエら、もうどう見たって果てしなく怪しいんだけど正直想像したくねぇっつーか真相を知りたいのに知りたくねぇっつーか、何このジレンマ?」
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