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第92話 続・山田オッサン編【60-1】
弟妹一家の引越しを翌日に控えたその夜、佐藤山田家に次郎がやって来た。
ただし連れて来たのは両親じゃなく、職場の後輩2人だ。
玄関で迎えた山田は、しばしその場で来訪者たちを眺めた。
「今日、金曜だよな?」
「そうっすけど何か」
鈴木が答えた。
「会社で会ったよな、お前ら」
「えぇ、1週間お疲れさまでした」
後輩たちはスーツじゃなく私服だ。ということは一旦帰って──それぞれの自宅にか、半同棲中とかいう鈴木んちにかは知らないが──着替えてから来たワケだ、わざわざ?
「……で? 上がんの?」
「上がるっていうか泊まります」
「──」
山田は本田に抱っこされてる次郎に目を移し、抱っこしてる本田を見てから、その本田が背負ってる大きめのメッセンジャーバッグを眺め、最後にまた鈴木を見た。
「泊まんの?」
「泊まります」
「次郎だけじゃなくお前らも?」
「えぇそうです。そのほうが明日の引越しの手伝いにも都合がいいんで」
「あ、そう……てか先に言えよな、そういうコトは」
「でも次郎はもともと来る予定だったんだから、どうせ今夜は禁欲デーでしたよね?」
「はぁナニ言ってんの? 俺らのストイックさときたら聖職者並みだぜ?」
「聖職者がストイックだなんて本気で思ってるわけじゃないっすよね山田さん」
「え、違うんですかぁ? 鈴木さん」
「どんだけ世間知らずなの本田くん」
ともかくヤツらを中に入れて、冷蔵庫からビールを出してきた。次郎には麦茶。
「あの山田さん、急に泊まりに来て大丈夫だったんですか?」
次郎をソファに降ろしながら本田が言った。
「鈴木さんとシオさんとサトケンさんが大丈夫大丈夫って言うからアポなしで来ちゃって、すみません」
「大丈夫もナニも来ちまったモンはしょうがねぇっつーの」
「そういえば佐藤さんは?」
訊いたのは鈴木だ。
「風呂入ってる」
「マッパで出てこられたら俺たち目の遣り場に困っちゃうんで、言っといてもらえます?」
「出ねぇよマッパでなんか」
でも一応バスルームまで知らせに行ったら、あぁ? と佐藤は眉を顰めたが、まぁでも来ちまったモンはしょうがねぇしと濡れた髪を搔き上げて言い、ついでに山田の項を引き寄せて短くとも濃厚なキスを喰らわしてから扉を閉めた。
「なんか口のあたり濡れてますけど山田さん」
ダイニングに戻ると鈴木が言った。
「はぁ? うるせぇな、てかお前らは風呂どーすんの?」
「入って来ましたからご心配なく」
それぞれの自宅でか、2人とも鈴木んちだとしたら1人ずつ入ったのかそれとも──気になってムズムズしたが訊かなかった。
「あ、次郎くんももう入ってるから眠くなったら寝かせてくれって言われてます」
「了解、そういやどこで寝んの? 誰か1人が次郎と2人でベッド、1人がソファ、あとの2人がベッドとか、そんな感じになると思うんだけど」
山田と鈴木と、テーブルの上にブロックをバラしていた次郎と、床に座って次郎に付き合っていた本田、4人の目が交叉した。
「ぼくね、スズキとねたい」
次郎があどけない声でそう口火を切った瞬間の、ブロックを取り落とした本田のツラときたら。
が、その口が開く前に鈴木が言った。
「じゃあ俺と次郎が山田さんのベッドで寝ます。山田さんはどうせいつも佐藤さんのベッドですよね? だから本田くんソファを占領していいよ。あぁでも本田くんが佐藤さんと寝るっていう図もちょっと面白そうだから見てみたいなぁ」
「僕はですね鈴木さん」
いつになくキリッとしたツラで乙女ゲームの王子様が言った。
「鈴木さんが望むなら、僕にできる限り大抵のことは叶えたいと思ってます。何を食べたいだとか、どこに行きたいだとか、どこを触って欲しいとかもっとして欲しいとか」
「ちょっとやめてくんない本田くん、何言ってんの?」
鈴木の声が果てしなく冷たくなり、山田は両耳を塞いで無意味な声を出した。
「あーー、あーー」
「ソファで独り寝しろって言うならします。でも佐藤さんと寝るのは勘弁してください」
「なぁ最後のひとことだけで良くねぇ? 今の本田の発言。さっきの前置きいらなくねぇ?」
「耳塞いだって聞こえてんじゃないスか山田さん」
「もっとなにしてほしいの? スズキ」
幼児の無邪気で素朴な疑問に大人たちが凍りついたとき、首からタオルを掛けた佐藤が現れた。
「心配しなくても俺は山田以外の野郎とは寝ねぇよ本田」
よォ次郎、という佐藤の声に次郎が頷き、山田が缶ビールをプシュッと開けた。
「野郎とは寝ねぇけどオネーチャンとはいくらでも寝るよな」
「進行形で言うんじゃねぇよ。寝てねぇだろうが、あれから」
「開き直りって素晴らしいっすねぇ」
感心する鈴木を見て佐藤が言った。
「で? 子どもの素朴な疑問に答えてやれよ鈴木。何をもっとして欲しいんだって? 本田に」
「本田くんに望むことなんて何もありませんが」
「えぇ鈴木さぁん」
「シュウちゃんにしてほしくないの?」
「うん、そうなんだよ次郎」
「えぇぇ、鈴木さぁん」
「まずはお前のその動揺が何なのか詳しく聞きてぇよ本田」
「じゃあ、ぼくがスズキにしてあげる」
ブロックを組みながら言った幼児の愛らしさをサンオツたちはしばし眺め、年長のサンオツ2人が後輩たちに目を転じた。
「良かったなぁ鈴木、次郎がしてくれるってよ。何をだかはわかんねぇけど」
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