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第93話 続・山田オッサン編【60-2】
「鈴木さん! 幼児にそんなことさせませんよね!? ていうか幼児じゃなくてもダメです!」
「だからそんなことって何なんだよ本田?」
「シュウちゃんじゃイヤなんだよね、スズキ」
「うん、次郎がもっと大きくなったらしてもらうから今は大丈夫」
普段は決してあり得ない表情で係長がにこやかに笑い、乙女ゲー王子はこの世の終わりかと思うようなツラで凍りつき、部屋の主2人は速やかにそのネタから撤退した。
「そーいや結局、どうすんだよお前ら。同居しねぇの?」
山田が缶に口を付けながら言うと、後輩たちは同時に答えた。
「しませんよ」
「したいんですけどぉ!」
言うまでもなく前者が鈴木、後者が本田だ。
「なんでしねぇの?」
山田は鈴木に訊いた。
「なんでする必要があるんスか? てかなんで僕が本田くんと?」
「えぇ鈴木さぁん」
山田は本田に訊いた。
「なんでしてぇの?」
「一緒の家に帰りたいんです」
「帰ってるよね」
口を挟んだ鈴木を山田と佐藤が見た。
ツッコみたい点が最低ふたつはある、と彼らが思ったとき本田がブロックを握り締めて言った。
「だって鈴木さん、ひとりになりたいってよく言ってるじゃないですかぁ」
ツッコみたい点が増えた。
「だから2部屋あるといいなって思って」
「そういう問題じゃないよね本田くん」
「でもココ来たら次郎がすげー近いぜ鈴木?」
「そういう理由で引っ越すなら、この近所で単身用のアパート探しますよ山田さん」
「どうしてそう頑なに拒むんですかぁ鈴木さん!」
「シュウちゃん、そのブロックちょうだい」
「あ、ゴメンね次郎くん」
「まぁとりあえず、今もう同居してるようなモンなんだからいいんじゃねぇか?」
佐藤が言って煙草を咥えかけ、箱に戻す。
「したくねぇって言いながらも家に置いてくれてんだからよ鈴木が。有り難ぇコトじゃねぇか、なぁ本田」
「そうなんですけどぉ」
しゅんとした乙女ゲームの王子様に気づいた幼児が、ブロックを組む手を止めて鈴木を見た。
「スズキ、まほうでシュウちゃんをげんきにしてあげてよ」
「え」
珍しく言葉に詰まった鈴木を佐藤と山田も見て、そのあと互いの目を交わした。
──魔法?
山田が甥っ子に訊いた。
「魔法?」
「うんあのね、シュウちゃんがげんきないときスズキがいつもね」
「次郎」
にこやかに遮った鈴木を見上げた次郎が、あ、っていう顔をしてから小さな手を口の前で横一文字に動かした。
「おくちにチャックだね」
「そう、お口にチャックだよ次郎」
──チャック開けてぇ……!!
欲求のあまり目が三角になりかけた山田は、缶ビールを呷ることでかろうじて耐えた。
が、それからほどなく次郎が眠気を訴え、鈴木が山田の部屋に寝かしつけに行ったから、その隙に本田のチャックを開けに掛かることにした。
「なぁ本田、お前を元気にする鈴木の魔法って何だよ?」
「え、いえあの、何のことだか」
「教えろよ。お口にチャックされてんのは次郎だけだろ?」
「だって僕は鈴木さんといるだけで元気になるんで、どれのことだかわからないんです」
「ひとつ訊くけどその元気ってのはメンタルの話だよな? 間違っても股間の話とかじゃねぇよな?」
山田が言い、佐藤がさっき断念した煙草を咥え直して火を点けた。
「俺はお前といるだけで股間が元気になるぜ? 山田」
「お前は昔っから言うことが変わんねぇな、変態佐藤」
「あの、佐藤さん」
乙女ゲーム王子がいつになく真剣なツラで佐藤を見た。
「初めて山田さんに入れたときってどうでした?」
山田が缶ビールを噴いた。
「ちょ、ナニ訊いてんだよ本田テメェ!?」
佐藤が煙を吐きながら本田を見返し、答えた。
「すげぇ良かった」
「ちょ、佐藤テメェもナニさらっと答えてんだよ!?」
「訊かれたから答えただけじゃねぇか。で何だ本田、良くなかったのか鈴木は」
「ちょ、生々しいコト訊くのやめてくんねぇ佐藤!」
「何でだよ?」
「想像したくねぇっ」
「常日頃興味津々のくせに何言ってやがんだ」
「それでもリアルな現実を目の前にしたら羞じらうのが乙女ゴコロってヤツだろーがっ?」
「誰が乙女なんだよ?」
「あの、それで山田さんはどうだったんですか? 初めてのとき」
「──」
一瞬の沈黙の直後、佐藤が灰皿に灰を落としながら口を開いた。
「何だ、鈴木のほうが良くなかったのか?」
「いやあの……何でもないです、あの、鈴木さん戻って来ませんね。僕ちょっと見てきますっ」
本田が山田の部屋に消えると、佐藤が無言で手を伸ばして山田の手を握った。
「大丈夫」
山田が小さく呟いて握り返したとき、部屋の入口に本田の顔が覗いた。
「あの、鈴木さん次郎くんと一緒に寝ちゃってるんで、僕ももう寝ます」
「ん? あぁじゃあ俺らも引っ込むか。お前ソファで寝るんだもんな」
「あ、僕も山田さんの部屋で寝るんで大丈夫です」
部屋の主2人は目を見交わしてから後輩を見た。
「え、でも俺のベッド狭ぇし、いくら幼児込みでも3人は無理だろ?」
「やってみます」
「やってみるって」
「次郎くんが落ちたりしないようにちゃんと配慮しますから、安心してください」
「って言ってもお前、物理的に」
「おやすみなさい、佐藤さん山田さん」
言うなり閉まったドアを数秒眺めたあと、山田は同居人を見た。
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