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第94話 続・山田オッサン編【60-3】

「なぁアイツら、幼児とおんなじベッドで妙な真似しねぇよな」 「やっぱり生々しい現実に興味があるんじゃねぇか」 「や、てかそりゃ、次郎を任せてるからには気にるじゃねぇかよ? まさか2人重なって1人分とかいうつもりじゃねぇよな?」  ソファの上で腹這いになって自室のほうへ身を乗り出す山田の腰を、後ろから佐藤の腕が抱き戻した。 「中で機織ってんだから覗くんじゃねぇぞ」 「本田が鶴で鈴木が布か? てかちょ、お前どこ触って……やめろって」 「デケェ声出すなよ、聞こえちまうだろうが?」 「そう思うなら離せよっ」 「山田」  背後からのし掛かった佐藤が耳元で低く囁いた。 「いいか、お前の初めては俺だ」 「──」 「企画書の取引で俺とやったのが最初だ。それ以前があるなんて俺が許さねぇ」 「ッ、あ──」 「山田、聞こえてんのか」 「ん……聞こえて、っからそこ、触っ」 「わかったのかよ?」  片手をTシャツの裾、片手をスウェットのウエストから突っ込まれた山田が小刻みに何度も頷いて、わかったから──と吐息混じりに吐き出した。 「ココじゃなくて……部屋で」  翌日、弟妹の引っ越しは午前中からスタートした。  とはいえ運ぶのは引越し業者で、山田たちが総掛かりでやっつけなきゃならないほどでは、じつはない。だから手伝いに来たかったけど今週末は妻子を連れてディズニーに行く予定になってたから参加できない、という田中がいなくたって人手は足りてるというワケだった。 「しかしよォ、乳児を連れてディズニーってのは子供にとってなんか意味あんの? 擬人化された動物たちに興味を示すにはまだ早くねぇか?」  ベランダで煙草を吸いながら、山田は横にいる鈴木に言った。 「奥さんが行きたいけど子供を預けてまで行くのは体裁が悪いし、親子3人でレジャーっていう対外的な体面を整えたいってとこじゃないスかね?」 「なんでお前はそういう捻くれた見方をすんだよ鈴木?」 「そもそもの山田さんの疑問のほうが捻くれて聞こえるんスけど俺的には」 「どこらへんが?」 「擬人化された動物たちってとこ」 「まさか鈴木お前、次郎連れて本田と3人で行ったコトとかねぇよな?」  山田の問いには沈黙という答えが返った。 「え、マジ?」 「俺が行きたかったワケじゃないっすよ」 「え、マジで行ったの?」 「だったら何スか」 「まさか3人でミッキーの耳とか生やして写真撮ったりしてねぇよな?」 「撮ってませんよ」 「正直に言っていいんだぜ? 責めねぇから」 「3人でミッキーの耳なんか生やしてません。本田くんはミニーでした」 「──」  山田が沈黙したとき、隣のサッシが開いてエリカが現れた。 「あれ、おはようございます」  挨拶に山田と鈴木が口々に応じると、目付きの悪いボウズは洗濯物を干し始めながら2人を眺めて言った。 「鈴木さんと浮気ですか山田さん。なかなかやりますね」 「やめてくんねぇ、真顔でそういうジョーク言うの」 「ジョークかどうか俺にはわからないんで」 「いや有り得ねぇから」 「あぁ、鈴木さんは本田さんとデキてるんでしたっけ」  ショッキングピンクのブラジャーを干しながら言った坊主頭を、山田と鈴木が同時に見た。 「いやデキてないから」  鈴木が言った。 「あれ、そうなんですか?」 「え、デキてるよな?」  エリカと山田が同時にツッコんだとき、眼下の道路に引越し屋のトラックがやって来た。 「あ、来た」 「引越しですか? もしかして鈴木さんと本田さんが?」 「だから何で俺と本田くんが」 「俺の妹と佐藤の弟と甥っ子が3人で入るんだよ、ウチの真上に」 「へぇ、お子さんいたんですかサトケンさん」 「妹の連れ子だけどな」 「甥御さんはいくつですか?」 「2歳……あ、ちょうどいいとこに」  ふと部屋の中を見ると、サッシの向こうに本田と次郎の姿が見えた。コンビニに出かけていた2人が帰って来たようだ。ちなみに佐藤はダイニングでコーヒーを飲んでいる。  山田は煙草を消し、サッシを開けて次郎を呼んだ。 「ホラ、隣のオッチャンに挨拶しな次郎」  言いながら抱き上げてエリカと対峙させた途端、隣家のボウズのツラが凍りついた。かと思うと次の瞬間、うわぁ……という感嘆詞とともに険のある目がそれはもうだらしなく弛んで山田と鈴木の度肝を抜いた。 「可愛ーい!!」 「え、ちょ、ナニその反応」  ドン引きする山田の横で、エリカとは逆に鈴木の目が険しくなる。 「抱っこしてもいいですか? 今ちょっとだけそちらにお邪魔してもよければ」  いつになく前のめりにグイグイ来るエリカに押されて、山田はなすすべもなく頷いた。 「別にいいけど、引越し屋来たからすぐバタバタし始めるかもだぜ?」 「抱っこだけしたら帰ります。ウチももうすぐ兄さんが来る予定なんで」 「お前の兄貴はホントお前が好きだな」 「好きで来てるわけじゃないんですけどね。俺を家業に引きずり込む説得役を任されてるモンですから」 「え、家業ってお前……あぁまぁいいけど、とにかくじゃあサッと来てサッと抱っこしてサッと帰れ」  エリカの姿は速やかに消え、隣にいる鈴木が発するピリつく空気をビシバシ感じながら山田は室内に戻った。

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