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第95話 続・山田オッサン編【60-4】
ほどなくドアホンが鳴り響く中、鈴木がしゃがみ込んで次郎の両腕を掴み、やたら気迫のこもった目で幼児を見つめた。
「次郎、ママの次に好きなのは?」
「スズキ」
「次郎……!」
ヒシと次郎を抱き締める鈴木の背中に、本田がヒシと抱きついた。
「僕は鈴木さんが一番好きです! あと僅差で次郎くん!」
その三重奏をダイニングのソファから眺める佐藤がブレーメンの音楽隊を連想しているうちに、玄関から引き返して来た山田が無情にも次郎を連れ去った。
「そんな目で見るな鈴木、ちょっと次郎を抱かせるだけだってのにケチケチするんじゃねぇよ」
「そういうデリカシーのない言い方はやめてくれませんかね山田さん。ねぇ佐藤さん、ひどいと思いませんか」
「はぁ?」
「佐藤さんだって、ちょっと山田さんを抱かせるだけだからって言われてもケチケチせずにはいられませんよね」
「大人になるとな鈴木、抱くって意味が変わっちまうんだよ」
「一体いつから変わるんでしょうね」
「心が穢れたときからじゃねぇか」
ヤサグレるサンオツたちを尻目に、玄関では隣人と山田と幼児が──主に隣人が、というよりほとんど隣人ひとりがキャッキャしていた。
「可愛いですねぇ、お名前は?」
「じろう」
「ジロウくん、お兄さんはエリカだよ」
「エリカ?」
「いいのかよそっちの名前で」
「えぇ、だって皆さんと平仄を合わせておいたほうがいいですよね」
「平仄なぁ」
「あぁそれにしても可愛いなぁ、コスプレさせて一緒に写真撮りたいなぁ」
「女装させんのだけはやめてくれ。てか子供好きなのかエリカ」
「大好きです。兄さんのところの甥っ子も、小さいときはそれはもう可愛くて」
「ちょっと待った、兄貴って何番目の?」
「そりゃ、楓兄さんですよ。2番目は結婚のけの字も彼女のかの字もないまま行方不明ですから」
「てか結婚してたのかよ? あの兄貴」
「してました。もう何年も前に別れて、嫁さんが引き取った息子は小5ですかね今」
「マジか、トーチャンかよアレ」
「あれで結構、子煩悩なんですよ」
「想像できねぇけど、とりあえずまぁいい……それにしてもバツイチだらけの世の中とは世知辛ェなぁ」
「兄さんはバツ2ですよ。甥っ子は2番目の嫁さんの子供です」
幼児に鼻の下を伸ばしながら言う目付きの悪い坊主頭は、どんな好意的なフィルタを通してみても犯罪者にしか見えなかった。全く、これで女装したらあんなにもエロくさい美女にトランスフォームするんだから世の中ってヤツは理解に苦しむ。
が、あぁ長居しちゃいけませんねと我に返ったエリカは名残惜しげに次郎を返して寄越し、またねジロウくんとダメ押しの犯罪者スマイルを投げかけて帰って行った。
エリカの退散後ほどなくして再びドアホンが鳴り、玄関を開けると妹の姿があった。
「おぅ紫櫻」
「おはよう、お兄ちゃん。そろそろ男手が欲しいんだけどいいかしら」
最近髪をショートにした妹は、何つーかカテゴリ的に本田に近づいたと兄貴は思ってる。が、そんなことをセンシティブな──あくまで一般的なイメージの話──アラサー女子に言おうものなら何が起こるかわからないから、今のところ口に出す愚を犯してはいない。
「あぁ悪ィな、そろそろ行こうと思ってたんだけど来客があってよう」
「隣のエリカさん? そこで会ったわよ」
「あれ、お前知ってたっけ?」
「ケンジくんから聞いてたの。女装したらすっごい美女らしいじゃない。だから今度ポートレートの練習させてって話をしたところ」
「ポートレート?」
「人物撮影よ」
「──」
「彼女もスマホの自撮りがほとんどで、ちゃんとしたカメラで撮ることは滅多にないから是非ってことになって」
「彼女?」
「だから、エリカさん」
「お前が今そこで会ったってのはボウズだよな?」
「そうだけど、撮るのは女装した姿だし。楽しみだわぁ、セクシィ美女」
「──」
まがりなりにも夫がいる身なんだから下手に独身野郎の部屋に出入りするなとか、アイツんちはワケありの家系だからあんまり関わるんじゃねぇとか、そんなありきたりの忠告はしかし、当人たちの人物像を踏まえれば言うだけ野暮な気がしてやめた。
「えっとじゃあ行くか。次郎はお前が見てんの?」
「それが、何かとやることがあるし全員に来てもらわなくても大丈夫だから、できれば鈴木さんにお願いできたら助かるんだけど」
「あ、じゃあ俺、次郎と一緒にいます」
背後から鈴木の即答が飛んできた。振り返ると鈴木がやけに決意みなぎるツラで次郎を抱っこして立っていた。
「鈴木さんと一緒にいてもらっていい? 次郎」
「うん、スズキといる」
「ずっと一緒にいような、次郎」
言って抱えた幼児をギュッとするサンオツと、その2人を背後からいやに真剣な眼差しで見つめる乙女ゲー王子を見てから最後にソファで肩を竦める同居人と目を交わし、山田は妹に顔を戻した。
「あんなコト言ってっけど大丈夫か」
そのうち取られかねねぇぜ? というニュアンスを含めつつ妹に訊くと、幼児の母はどこか不満げな表情でボソリと呟いた。
「だからここで本田さんと同居すればいいのに……」
俺が言ったのはソコじゃねぇ──山田は思ったが、もうそれ以上はツッコまなかった。
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