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第96話 続・山田オッサン編【60-5】
「何だったら、じゃあ鈴木さんと本田さんで次郎を見ててもらえます?」
「見ます!」
「俺ひとりでいいのに」
同時に反応した上司と部下の目が合い、
「ぼくね、なかよくしてるスズキとシュウちゃんがスキ」
あどけない幼児のひと声で託児チームと手伝いチームが自ずと決定し、駆り出されることになった山田と佐藤は紫櫻と3人で部屋を出た。
「アイツらウチに来なくたって、鈴木んちで次郎を預けてりゃ済んだんじゃねぇのか?」
「そんなことないわよ。午後、内覧の予約を入れてあるんだから」
「は? 内覧って?」
「もうひと部屋の空室の。鈴木さんだって実際見たら気持ちが動くかもしれないでしょ?」
「え? 鈴木たちに内覧させる予約?」
「そりゃそうよ。私たちはもう入居してるんだもん」
「アイツら知ってんの?」
「ううん。事前に知らせたら鈴木さんが来なかったかもしれないし、あとで引越し作業がひと段落した頃にでも言おうかなって」
「紫櫻、お前ってヤツぁ……」
「別にいいじゃない、来たついでにちょっと空き部屋を覗くぐらい。何も契約を強要してるわけじゃないんだから」
「──」
山田と佐藤は目を交わした。
お前の妹は恐ろしいほど強引だな、そう佐藤の目が言い、でも面白ェことになるかもしんねぇよ? そう山田の目が言ったとき、もはや見慣れてしまったコンビと出くわした。
言うまでもない、秋葉楓と番犬コンビだ。そういやさっき、兄貴が来るってエリカが言ってた。
「これはどうも、一太郎さんと同居人さん」
挨拶を寄越した秋葉兄が紫櫻に目を止める。番犬の目も彼女に向いていた。
気は進まないが会ってしまったからには軽く紹介しておくしかないか──諦めの気持ちで妹を見ると、彼女も彼らをガン見していた。
そして先手を打ったのは紫櫻だった。
「こんにちは、佐藤です。兄がお世話になっています」
「いや世話になんかなってねぇよ?」
山田がすかさずツッコむと、隣人の兄貴は兄妹を素早く交互に見た。
「一太郎さんの妹さん?」
「そうっす」
「あぁ、ご結婚されてるんですね」
「えぇまぁ、コイツの」
と隣に立つ同居人を目で示し、続ける。
「弟とね」
「へぇ……それはそれは」
佐藤をチラリと見ながら興味深げな相槌を打った秋葉楓が、素性に似合わない笑顔を妹に向けた。
「秋葉です。こちらこそ、お兄さんにはお世話になってます」
「いや世話なんかしてねぇし」
「秋葉さん? って、もしかしてお隣の?」
「そう、お兄さんの隣にウチの愚弟が住んでまして」
「あらやだ、弟さんにもお世話になります」
「紫櫻、早く行ったほうがいいんじゃねぇのか」
強引に横から会話をぶった切ると、あ、そうね、と紫櫻が応じて兄の隣人の兄に向き直った。
「じつは引越しなんです、今日。私たち家族もここに入ることになって」
全く、こんなヤツに余計な情報を明かしやがって……山田は内心舌打ちしたが、まぁどうせいずれは知れることだ。
「そういえば外に引越しトラックが停まってましたね」
「えぇ。なので立て込んでまして失礼しますが、今後ともどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
社交辞令だけとも思えない笑顔で応じた秋葉楓が、表情を微妙に変化させて山田の同居人を見た。
「ベタベタしたくない弟さんと否応なく近くなっちまったわけですね」
「弟に関してだけ言うなら、迷惑なことにな」
ぞんざいな物言いを投げ返された当人が気にするふうもないのは毎度のことだったが、その隣で目を険しくしかけたロットワイラーが山田をチラ見してそっぽを向き、それを見た佐藤の視線が一瞬山田に流れ、素知らぬ風情を貫くボスもろとも野郎たちを紅一点の目がひと纏めに舐めたとき、
「イチさーん!!」
デッカイ大声とともに突進してきた何かがドン! と山田に体当たりした。
「なんかちょっと久しぶり! でも俺こんな近くに来たよイチさん、超嬉しい!! しかもイチさんの上に乗っかるんだもんね! てかナマで乗っかりてぇ、床ブチ抜いて落ちてぇイチさんの上にっ!」
山田にしがみついて胸の裡をブチ撒ける乱入者を眺めていた秋葉楓が、外見だけはソックリな兄貴に目を向けて言った。
「なるほど、迷惑なわけだ」
「まぁな」
「エリカの兄貴ってアレ、完全に筋モンじゃねぇ? 何あの番犬みてぇなの?」
ベッドの位置調整をしながら頭側にいる佐藤弟が言い、足側を抱えてる山田が応じた。
「まぁ否定はしねぇ」
「え、ホンモノ? エリカは違うよな?」
「実家がアレなんだってよ。エリカは家業に関わってねぇリーマンだけど」
マジ? と弟は言って、ダイニングで段ボールを開けている山田妹に顔を向けた。
「シオちゃん気をつけてよ、エリカはいいけどあの兄貴には不必要に近づかないよーにね! 次郎も近づかせないよーにね!」
「不必要には近づかないけど、機会があったら業界の匂いがする写真なんか撮らせてもらいたいわよねぇ。あ、もちろん次郎は遠ざけておくから安心して」
「いやだから次郎だけじゃなくシオちゃんも近づかないでってば! てか業界の匂いって何、やめて! 何かあってからじゃ遅いんだからねっ」
「あらやだ、心配してくれてるの? ケンジくん」
「当たり前じゃん、俺ら夫婦だよ!?」
「やべぇ、なんか居心地悪ィのは俺だけか佐藤」
紫櫻と一緒に段ボール係をやってる佐藤に山田が言ったが、返ってきたのは質問から外れた返事だった。
「お前も不必要に近づくんじゃねぇぞ山田」
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