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第97話 続・山田オッサン編【60-6】

「はぁ? いやわかってっけどさぁ、向こうが勝手に近づいてくんだもん。てか少なくとも番犬のほうは悪いヤツじゃなさげだぜ?」 「──」 「だからこないだのはピザまんがな!」 「ピザまんはわかった、何度も聞かせるな。とにかく無駄に野郎の気持ちを掴むのはやめろ、いい加減」 「別に掴んでねぇよ」 「そう思ってんのはお前だけだ」 「やめてやめて、その痴話喧嘩みてぇなの!」  弟が横槍を突っ込むと、彼の妻が舌打ちしかねない風情で呟いた。これから面白いとこなのに…… 「イチさんピザまんって何?」 「いや別に大したこっちゃねぇよ」  そこへ搬入が終わったことを告げに業者のニーサンがやって来て、佐藤弟が応対に出た。 「あ、そうだ忘れてた。お兄ちゃんちょっと、これ持ってってくれない?」  位置調整係の相棒不在で手持ち無沙汰の兄に、妹がコンビニ袋をふたつ手渡した。作業員2人への差し入れらしい。内訳はそれぞれ、ペットボトルの緑茶と缶コーヒー。  袋ふたつを手にチンタラ玄関に向かった山田は、ちょうど精算を終えたらしい佐藤弟が書類にサインしている横からソイツを差し出した。 「お疲れ様っす、これ持ってってください」  すると帽子の下から茶髪が覗いてる30前くらいのニーサンは、山田を見て手元のコンビニ袋を見てから山田の顔に目を戻し、やたら人懐こい笑顔全開で山田の手ごと袋の持ち手を握って礼を言った。 「ありがとうございます」  ──離せねぇんだけど?  無言で眺める手元の上に、書類のバインダークリップがバシッと被さった。 「お世話様っす! どーも!」  弟が大声を投げつけてニーサンを玄関からグイグイ押し出し、ドアを閉めるなり喚いた。 「シオちゃん! イチさんに野郎の相手させないで!」 「なぁに? 大きな声出して」 「だって業者の野郎が心からの感謝を込めた超にこやかな笑顔でイチさんにありがとーつって手を握ったんだよ!? 差し入れ用意したのシオちゃんだよね!?」 「つまり私が持ってって色目を使われたほうが良かったって言うの、ケンジくん」 「え、いや、そうじゃなくてぇ……感謝されるべきなのはシオちゃんのはずじゃない? ってコト!」 「今の話、最初はお兄ちゃんが誘惑されかけたことが問題だったように聞こえたんだけど」  弟妹夫婦の会話を横目に、佐藤兄が山田兄を見た。 「言ってるそばから野郎の気持ちを掴みやがったのか、お前」 「いや掴んでねぇし、てか掴んだのは向こうだし俺の手を。まぁそりゃあ無理もねぇけど、俺の超強力な磁力をもってすればな? でもソレって俺の意思じゃねぇし、いくらクリプトン人だからって責められる謂れはなくねぇか?」 「お前はいつからスーパーマンになったんだよ? てか磁力関係ねぇし」  一方その頃、幼児を任されてる後輩コンビは近所の公園にいた。  見知らぬ子供から道具を借りて砂場で一緒に遊んでいる次郎を、野郎2人は近くのベンチで並んで眺めていた。 「こうしてると……」  本田がポツリと言った。 「僕たちの子供みたいですよね、次郎くん」 「何言ってんの本田くん? いつ産んだの?」  次郎に目を向けたまま鈴木が投げ出すように応じた。 「え、僕が産むんですかぁ?」 「俺は産まないよ、そういう機能ないから」 「あったらいいのになぁ」 「やめてよね、そういう妄想。そもそも女子は苦手なんじゃなかったっけ本田くん」 「そうなんですけどぉ」 「つまり俺に出産機能が付いてたら今、隣に並んでないよね」 「わぁ、それってジレンマですよねぇ」 「あのね、本田くんの話は何が言いたいのか全くわかんないし、念のため言っとくけど俺は女子全然平気だし、てか最近全然カノジョ作れないなぁ本田くんのせいで」  ブツクサ言う鈴木の横で本田の背筋がピンと伸びた。 「え、あの鈴木さん、彼女欲しいんですか?」 「そりゃあ男だから俺」 「僕が……いるのに?」 「はぁ何言ってんの? いつ俺の彼女になったの本田くん」 「──聡さん」  乙女ゲームの王子様面を強張らせた部下が、身体ごと上司に向き直って思い詰めた声でキッパリ告げた。 「僕は嫌です」 「何が?」 「彼女なんて作らないでください」 「あのね本田くん。そんな意味不明なワガママを押し付けて、俺の人生の何を責任取れるわけ?」 「責任取らせてくれるんですか?」 「ちなみに完全なる興味本位で訊くけど、どういう責任取る気でいるのそれ?」 「僕が頑張って出世して鈴木さんを養って、2人の子供として次郎くんを養子にもらう計画です」 「冗談だとしても前半が特に面白くないし、もしも本気で言ってるならかなりヤバイよね」 「どこらへんがですか?」 「何から何まで全部」  即答した鈴木の手に、本田の手が重なった。

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