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第6話 執事としての悦び
「ようこそ、いらっしゃいました。わたくしは緒方家執事の西川です。本日お越しになる予定の佐伯秀一郎 さまですね」
「ああ。朔哉くんだね、よろしく」
「え……」
秀一郎は、右手を差し出した。
予想外の返しに、咄嗟に返事ができない。
なぜ、朔哉の名前を知っているのだろう。……詮索してはいけない。
朔哉は右手の白手袋を外した。
「よろしくお願い致します……つっ」
握手なのに、秀一郎の握力が強い。
「へぇ……朔哉くんは痛いと顔に出ちゃうタイプなんだ。執事なのに」
朔哉は手を離すと白手袋をはめ直して、一礼した。
「大変申し訳ありません。お客さまの手を握るのは滅多にない経験なもので……」
「気にしてないよ……そそるなと思っただけだ。……これなら愉しめそうだ」
「秀一郎。どういう意味だ?」
暁宏が音を立ててティーカップを置いた。
黒い瞳に強い光をたたえて、秀一郎を睨んでいる。
「暁宏。おまえは人選を間違えた。家の掟はそう喋るものじゃないんだよ。物好きな俺なんかにな」
「貴様……まさか」
「俺が約束に従うと思ったか? 浅はかなんだよ、おぼっちゃま。さて、と……朔哉くん」
秀一郎が朔哉の肩に手を置いた。朔哉がふらつかないようにするためなのか、しっかりと、強い力で。
「今夜の……そうだな、11時頃がいいか。俺の部屋に来てくれ」
「……かしこまりました」
秀一郎に支えられていないと、朔哉はその場にしゃがんでいただろう。
……朔哉は父から聞いたことがある。
先代当主……暁宏の父は、宿泊に来る男性たちに朔哉の父を差し出していた、と。
生前、父は言っていた。
『おまえもその夜が来たら、決して客人を拒んではいけない。当主のために皆に躯を捧げなさい。求められるというのは、執事にとって悦びそのものだ』
本来ならば儀式のあとに、執事は客に振る舞われる。
あの日……一年前も、暁宏と通じ合ったあとは多くの見知らぬ男たちに抱かれるはずだった。あの儀式の隣の部屋で、男たちが待っていた。
「秀一郎。朔哉はまだ緒方家の伝統に染まっていない。だから……」
「だから、するんだよ。今夜」
肩をすくめる秀一郎の仕草は、とても大げさで暁宏を挑発しているように朔哉には見えた。
「あ、暁宏さま……」
暁宏は、歯をくいしばっている。
テーブルに置いてあった花びらが風に舞い、池に落ちた。錦鯉が花びらを餌と間違えたのか、口を開けて喰らおうとしていた。
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