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ActⅠ Scene 8 : Ballan Do Godfree ①
果たして自分は何をしようとしただろう。
背筋が凍りつく。
自分がしようとしていた行為が恐ろしい。
クリフォードは恐怖に襲われていた。
それなのに躰は正直だ。
本能は彼の血肉を求めている。
鋭い犬歯が疼く。この先にある食事を欲している。
間違いなく、化け物としての本能が彼を求めていた。
躰の芯から湧き上がる得体の知れない衝動。
柔肌を貫きたいと、全身を駆け回るどす黒いものが蠢いている。
彼から漂う血液の甘い香りが鼻孔をくすぐる。
クリフォードの人間離れした優れた嗅覚が人の血液を嗅ぎ分けていた。
それでもクリフォードは理性を呼び戻し、必死に欲望と戦っていた。
すっかり興奮している開ききった瞳孔に何も写らないよう目を閉ざす。視界の一切を遮断するよう努めた。
馬鹿な真似はやめろ、クリフォード・ウォルター。
これ以上晒し者になってどうする。
彼の柔肌を貫きそうになった牙を引っ込め、クリフォードは冷静になるよう自分に言い聞かせた。それから目の前の彼に気取られないよう、震えそうになる声を押さえ込みながら唇を動かす。そうなれば声は機械的な口調になってしまった。
「警察の取り調べなら受ける。しかしぼくは立場上、暦とした貴族だ。名を汚すような真似はしてほしくない。単独での不要な詮索は止めていただきたい」
そう。
立場上、自分は歴とした貴族だ。
人の道から外れるなんてもってのほかだ。
自分はもっと分別をわきまえなければならない。
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