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ActⅠ Scene 8 : Ballan Do Godfree ②

 たとえ彼がどんなに自分好みの容姿や性格だったとしても、だ。  クリフォードは自分が口にした内容を、内心ではまったくその通りだと思った。  しかしこれは情熱的な口づけをした直後とは思えないほど冷酷で、あまりにも傲慢な態度だ。  対するクリフォードを見つめる彼の眼差しはまるで蛇に睨まれた蛙のようだ。澄んだ翡翠の大きな目を見開いている。細身の、華奢な躰は小刻みに震え、明らかに怯えていた。  つい先ほどまでクリフォードに身を委ね、頬を朱に染めて喘ぎ、快楽を求めていた彼とはまったく別人のようだ。  大きく見開いた恐怖を宿す翡翠の目。  陶器のようにきめ細やかな白い肌は青ざめ、唇が小刻みに震えている。  ――いや、待て。この光景は見たことがある。  彼をまざまざと目視したクリフォードは、はっとした。  確認の意思を込め、あらためて目の前にいる彼の容姿を窺った時、クリフォードの色褪せていた記憶の一部が呼び戻された。  ――記憶違いでなければ、九年前に起きた忌々しい出来事。たしかあの時にもこのような光景を見た気がする。  新たな食生活に慣れることができず、力の使い方がわからなかったあの頃――。  残忍な悪魔の手に掛かり、命という小さな灯火が消えていく姿をただ指を咥えて見ていることしかできかったあの頃――。  間違いない。  彼は彼女の親族だ!  クリフォードの拳に力が入る。視界の端で、強く握りしめた手の甲に太い血管が浮かび上がっていくのが見えた。

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