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ActⅡ Scene 2 : beautiful ①

 軽快な音楽に合わせてワルツを踊っている貴婦人や紳士たちがいる。けれども今のカルヴィンにとってこの音楽は耳障りでしかない。なぜかはわからないが、心臓が早鐘を打ち、鼓動を繰り返して危険だと知らせている。  カルヴィンは彼らもしくは彼女らの隙間を縫うようにして、慣れないヒールで会場を抜けた。  何度も捻りそうになる足を懸命に動かし、ようやく広い庭へ降り立つと、荒い呼吸を整えた。  後ろを振り返れば、誰もいない。薄暗い夜が広がるばかりだった。  カルヴィンはそこでようやく胸を撫で下ろした。  ティアボルト伯爵の広い庭にはほどよい明るさの外灯が周囲を灯していた。外は凍えるように冷たい。いつもの自分なら、ほぼ胸元まで肌を剥き出しにしているこのドレスだけでは寒さを凌げるはずがない。  ――それなのに、玉のような脂汗が浮かび上がっている。  なぜ、自分はゴドフリー公爵といるとこんなに恐怖に駆られてしまうのだろう。  たかが首筋に鼻孔を近づけられただけのこと。況してや今、自分は女性に変装している。彼のあの行為もおかしいものではない。  しかも、カルヴィンはあの行為が初めてではない。  シャーリーンの命を奪った犯人と思しきクリフォードにも彼と同じように鼻孔を近づけられた。  いや、それだけじゃない。深い口づけだってした。しかも、女装もしていない自分が、である。  それなのに……。  なぜ、白骨化遺体事件の容疑者かもしれないクリフォードは良くてゴドフリー公爵には恐怖を抱いたのだろう。  彼には触れられたくないと思う自分がいる。

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