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ActⅡ Scene 4 : 試される良心。⑤
カルヴィンの悩ましげな手つきに、クリフォードは幾度となく誘惑に押し潰されそうになっていた。
――時期に彼の家に着く。
蠱惑的な彼を余所に、クリフォードは手を握り締め、誘惑から打ち勝つために固く目を閉ざす。くれぐれも馬鹿な真似はするなと自分を戒め続けた。
この地獄のような時間はもう少しで終わりを告げる。
クリフォードの願いはどうやら叶ったようだ。馬車はようやく止まった。
カーテンを開けて窓を見やれば、白を基調にし、同じように連なる家々が見えた。
外灯はところどころ点滅を繰り返している。粗末な借家だった。
クリフォードはぐったりと身を寄せる華奢な躰を横抱きにすると馬車から降りた。
「君の部屋はどこかな?」
尋ねた声音は今まで出したことのない優しいものだった。
クリフォードは内心驚くが、けれどもこんなに可愛らしい彼なのだ。当然と言えば当然なのかも知れないと思い直した。
「右端……」
クリフォードとの長い口づけのおかげで彼の唇に塗りたくられていたルージュはとっくの昔に剥がれ落ちている。それがよりいっそう淫らに感じさせてくるからたまらない。甘いため息と同時に甘えるような猫なで声が唇から解き放たれた。
長い睫毛が斜になって陰を落とす。
媚薬とアルコールに浮かされた頬は紅色に染まっていた。
クリフォードは腕の中にいる誘惑してくる彼をどうにか落とさないようにとほんの少しの階段でも慎重に歩を進めた。茶色いドアの前に辿りついたクリフォードは安堵の深いため息をついた。
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