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ActⅠ Scene 2 : 隣人はエリート探偵。⑤
ようやく諦めたマートは何やら小さな声でぶつぶつと訪問者を罵りながら、カルヴィンから身を離した。
「いいか、君を手に入れるまでぼくは諦めないからな。これで終わると思うなよ――やあ、お嬢さん。何かお困り事かな?」
立ち去り際、彼はそう口にするなり、まるでカルヴィンとの出来事がなかったかのようにして、持ち前の白い歯を見せつけ訪れた依頼人に愛想を振りまいた。
***
朝食を食べ損ねたカルヴィンは、デイル子爵夫妻から働くにあたって不便の無いようにと買い与えてもらった今流行りのダークブラウンのラウンジスーツに袖を通すと、仕方なく近所にあるカフェに赴いた。
カフェの壁にはかつてのパトロンだった有名人が描かれた楕円形の肖像画がずらりと並んでいる。前方にはベルのような音が鳴るピアノが飾られ、店内を賑わせてた。
カルヴィンは窓辺にある一人掛け用のテーブルに腰を落ち着け、紅茶とパンを店の従業員にオーダーした。
――とはいえ、パンの材料で知られる小麦粉はかなりの値が張るので、男爵とは名ばかりの地位を持つカルヴィンがオーダーしたものはといえば、少量の小麦粉に大麦を混ぜ、こね合わせたものにすぎない。
オーダーしたパンを待っている間、先に運んでもらった紅茶を啜りながら、道端で号外だとばらまく男性からゴシップ誌を買い受けた記事をテーブルに広げる。
見出しを目にした瞬間、カルヴィンの背筋が凍りついた。
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