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ActⅡ Scene 3 : 闇に浮かぶ影。①

 窓の両端に垂れ下がっている、薄手の絹でつくられたカーテンが風で揺れている。  バランは誰もいない小広間でただひとり、ティアボルト伯爵自慢の美しい庭を見下ろしていた。  飢えた目は血走り、瞳孔が開ききっている。たとえどんなに深い闇の中でも遙か彼方まで見渡すことができる彼の視線の先にはふたりの男女がいた。  ――いや、違う。ではなく、だ。  そして彼は間違いない。九年前にいただいたことのある一般人種(オーディナリー)の女の弟だろう。  翡翠の目にブロンド。そして陶器のような透ける柔肌。彼はあの女と容姿も瓜二つだが、体内から放たれる血液の香りまでもそっくりだった。彼らの血は南部のあたたかな地域に咲くプルメリアのように甘く、馨しい。  九年前に出会った女の血液はとても上質だった。バランが千年以上もの長きにわたり生きてきた中で、これまで一度も味わったことのない極上のものだった。九年前のあの時、あまりの美味さに血液を貪り食らい尽くしたが、後に後悔がついてまわった。  生きた屍として自分の同族としていれば、長すぎる一生のすべてをあれで食事ができたのに、と――。  あの血が欲しい。今すぐに。  しかし、あの青年の側にいる男。彼もまたヴァンパイアだ。見覚えがあるが、思い出せない。しかしあの特異種(アンオーディナリー)がバランにとっての支障になることはないだろう。  見たところ、彼もまた青年に惹かれているようだが、表情から恐れが見える。今のところ、奴がすぐに純潔を奪う心配はなさそうだ。

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