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ActⅡ Scene 6 : 底知れない恐怖。②

 彼女の身元を調べてほしくてカルヴィンを訪ねたらしいが、まさか貴婦人の正体が、よりにもよって自分が依頼しようとしていた探偵であるとは思いもしなかったらしい。  それもそうだろう。  ようやく運命の女性と出会えたと思ったのに、まさか相手が男だったなんて、ショック以外の何ものでもない。いくらシャーリーンの命を奪った犯人を探るためとはいえ、関係のないゴドフリー公爵にも性を偽ってしまったのだ。申し訳なさでいっぱいだ。 「すみません。騙すつもりはなかったんです。ある人物を捜査していたもので……」  罪悪感に蝕まれ、彼の目を堂々と見ることができない。必然的に声が萎んでしまう。 「それはクリフォード・ウォルターという男についてか?」  俯き加減のまま謝罪すると、思いもしなかった人物の名が彼の口から滑り出た。 「え?」  なぜ、彼がその人物の名を言ったのか。図星だったカルヴィンは顔を上げる。 「いや、失礼だとは思ったんだがさっきの男が口にしていたのを聞いてしまってね。名前はたしか、マート・トマスだったかな?」  黒い目がカルヴィンを見ている。彼の目は薄ぼんやりとしてて、薄暗い洞窟の中から覗き見ているようだ。  なぜだろう。彼とこうして対面しているだけでも尋問されているような気さえしてくるのは――。  カルヴィンは膝の上で両拳を握りしめた。早くここから逃げ去りたいという衝動に駆られる。  手のひらがじっとりと汗ばむ。

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