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ActⅡ Scene 7 : irritant ①
バランは目を細め、走り去る後ろ姿を窓越しから見つめていた。
こんなことは初めてだった。
ヴァンパイアという特異種 は一般人種 の血液が食料だ。それ故に、自分たち特異種は彼ら一般人種をおびき寄せるために美しい容姿をしているのだが――加えてバランは淫魔 でもある。他人を惑的する力がとても強いことで知られていた。
一般人種がひと目、バランを見れば最後。彼らは相手が同性だろうが異性だろうが関係なく魅了され、自ら躰を差し出して食料となる。
それなのに――……。
カルヴィンの場合、バランがどんなに紳士に振る舞ってもなびかない。仕方なく生理的現象を誘っても無駄だった。
昨夜、マート・トマスによって服用された媚薬の効果さえ未だ残った躰でも同じだった。
なかなか思い通りにならないという事実にバランは怒りを覚えていた。
テーブルの下で握っている拳には太い血管が浮き出ている。
そこへのろまなメイドがようやく注文したキッシュとコーヒーをふたつ持って戻って来た。
遅すぎるこのメイドにもうんざりだ。
バランは苛立ち紛れにメイドをひと睨みした。すると彼女はまるでヒキガエルにでもなったかのように短い悲鳴を上げた。
バランの怒りに触れた彼女は彼の意識に乗っ取られた。全身からは血の気が失せ、顔面蒼白している。
あまりの恐怖に襲われた躰がバランスを崩した。
バランにとって、一般人種の息の根を止めるのは虫を仕留めるくらい簡単なことだった。彼女に向かって殺気を送り込めさえすればいい。
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