185 / 275

Act Ⅲ Scene 6 : 美しいひと。 ⑩

――あ、はい」  ゴドフリーはカルヴィンを狙っている。ともすれば自分はクリフォードといた方が安全だ。彼はそう考えたのだろう。暗に一緒にいるよう訊ねられ、カルヴィンは慌てて頷いた。 「君はおれに血を抜き取られて血液不足だ。腹が減っているだろうし砂埃や汗まみれで不快だろうが屋敷に戻るまで我慢してほしい」  クリフォードはカルヴィンが着られるような洋服を一式差し出した。どうやらティムが見繕い持ち込んでくれたらしい。 「……ありがとう」  着替えを済ませたふたりはティムが馭者(ぎょしゃ)を務める馬車に乗り込んだ。  馬の蹄の音と共に夜道を進む。狼の遠吠えがどこからか聞こえるが今はどうでもよかった。とにかくカルヴィンは疲れていた。気が付けば馬車の揺れに促され、クリフォードにもたれ掛かって寝息を零すほどに……。 「疲れていたようだね」  ぽつり。馭者を務めるティムが呟いた。  無理もない。世間では素晴らしい騎士として名を馳せているバラン・ド・ゴドフリーが姉の命を奪った仇だと判明し、さらにはカルヴィン自身も狙われているのだ。おまけに理性を失ったクリフォードには血を抜かれ、死という言葉も過ぎったに違いない。心身の疲労は口にできないほど多大なものだ。  それにしても、ティムもカルヴィンも恐ろしい選択をしたものだ。  カルヴィンが生きているからまだ良かったものの、それでも理性を失った化け物(クリフォード)の前に獲物(カルヴィン)を置けばどうなることか予想できたはずだ。危うく彼の姉、シャーリーンの二の舞になるところだったのだ。

ともだちにシェアしよう!