192 / 275

Act Ⅲ Scene 7 : だから、貴方のせいじゃないですってば! ⑥

「誰もいるはずのないボスの部屋から物音が聞こえたら従業員が不思議がるだろう?」  クリフォードは抗議しようとしたらしい。有無を言わさない支配人の言葉に開きかけた口が閉じる。  これではどちらが支配人でどちらがボスなのかわからない。罰が悪そうなクリフォードの表情にカルヴィンの口元が緩んだ。  カルヴィンの中で、"無表情で無愛想な伯爵"というクリフォード・ウォルターの印象は剥がれつつある。たとえヴァンパイアになっても人間らしい一面を発見することはカルヴィンにとって新鮮でとても楽しかった。もっと彼について知りたいと思ってしまう。 「風呂の用意は整っている。ゆっくりしていってくれ」  ボスの無言を肯諾と受け取ったティムはカルヴィンに声をかけ、仕事があるからと一階の賭博クラブに戻っていった。  二階は静かだ。他の部屋から寝息が聞こえてきそうなほどに。  シルクの遮光カーテンが掛けられた大きな窓からはバルコニーが続いている。立派なグランドピアノに壁に備え付けられた暖炉にふかふかなカーペット。いつ見ても最奥の部屋はとても立派だった。  いったい自分はどうしてしまったのだろう。あんなにクリフォードから離れたがっていたのが嘘のようだ。いざキングサイズのベッドに下ろされれば人肌が急に恋しくなった。  両腕で躰を抱きしめたい衝動に駆られるものの、クリフォードがいる手前恥ずかしくてそれも難しい。しばらく無言の室内にはティムが用意してくれていたらしい、暖炉に炎が灯っている。沈黙の穴を埋めるかのように、炎はぱちぱちと乾いた音をたてていた。

ともだちにシェアしよう!