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Act Ⅳ Scene 1 : 最後の決着をこの場所で。⑭

「そんなに噛みしめたら可愛い唇に傷がついてしまう」  そう告げた彼の息がカルヴィンの唇に優しく触れる。薄い唇がずっと目前まで迫っていた。カルヴィンは噛みしめていた唇を解き、やがて甘い世界に浸らせてくれるだろう目の前にいる美しい男性を待った。けれどもカルヴィンが待ち望んでいた瞬間は与えられなかった。円舞曲が終わったのだ。  軽やかな演奏の代わりに人々のざわめきばかりが広がっている。誰も彼もがこちらを見つめていた。ある者はため息を零し、ある者は陰口をたたいているのだろう扇で口元を覆い、彼女らは何やらひそひそ話しをしている。カルヴィンは人々に注目されていることに気が付くと我に返った。まるで火傷でもするかのように慌ててクリフォードから身を引いた。自分がカルヴィン・ゲリーだと気づいてほしい。けれども正体を知られれば、クリフォードはまたどこかへ行ってしまうかもしれない。彼は相手が身を委ねれば誰だって構わなかったのかもしれないのに! それでもカルヴィンは彼を愛してしまった。クリフォードの容姿はそれほどまでに完璧だった。――いや違う。容姿だけではない。相手を思いやる優しさも伯爵家を守る器量だってある。  そして自分は――。  何もない。身分は子爵でも、ただの名ばかりの貴族。躰も痩せっぽっちで性格だってとびきり良いというわけでもない。魅力のかけらさえもないばかりか、彼とは同性なのだ。性別も、身分も――どこをどうやっても自分とクリフォードとでは結ばれない運命にある。

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