248 / 275

Act Ⅳ Scene 2 : decisive battle ①

 カルヴィンは恐怖のあまり茂みに向かって倒れそうになった。すんでの所で踏みとどまったが、身近にあった葉と葉が擦れ合い、音を発してしまった。 「誰だ!」  バランはカルヴィンを視界に入れた。彼の腕の中では彼女がぐったりとした状態でうめいている。その姿はまるで八十を優に超えた老女のようだった。純白の真新しいドレスを着た彼女から活力が感じられない。茶色の髪の毛は白髪に変わり、肌は痩せこけている。彼女は肌呼吸をするのもやっとという状態で、浅い呼吸を繰り返していた。 「――ああ、君か……」  バランは目の前にいる女性が扮装したカルヴィンだとわかったらしい。冷淡な笑みを浮かべた。そして先ほどまで親密なやり取りをしていた彼女を鬱陶しそうに足下へ放り投げた。  彼女はどさりと音を立て、力なく横たわる。  バランにはもう彼女の存在すら目も暮れない。彼は彼女の血液を飲んで興奮状態にあるのだろう。闇色に染まった開ききった瞳孔の目を窄め、まるで腹を空かせたライオンがアンテロープという食材を見つめるような視線をカルヴィンに送る。 「わたしに会いに来てくれたんだね」  にたりと開いた口の両端には赤く血塗られた鋭い犬歯がある。鮮血は唇を通って顎へと滴り落ちた。  淫魔の吸血鬼(インキュバス・ヴァンパイア)と対峙しているカルヴィンの胃は恐怖で縮まっている。悲鳴さえも出せず、震える足でどうにか半歩下がるのでやっとだった。  バランは長い足を踏み出し、地面に力なく転がっている彼女の目と鼻の先を通り抜けてカルヴィンとの距離を詰めた。

ともだちにシェアしよう!