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Act Ⅳ Scene 2 : decisive battle ②

 彼女はまだ殺されてはいないが、呼吸する息は乱れている。立つことすらままならない。彼女の状態は明らかにこの世ならざる者の仕業だ。首筋には鋭い犬歯の痕跡から血液が次から次へと流れ落ちている。干涸らびた両手は力なくだらりと垂れ下がっている。 「ああ、シャーリーン……」  九年前、彼とこうして過ごしていた姉も、地面に横たわる彼女のように苦しんでいたに違いない。腕の中にあるドールを抱きしめる。自分はいったいどうなってしまうのだろう。カルヴィンはすっかり恐怖に囚われていた。喉の奥で金切り声のような小さな悲鳴を上げる。その間にも彼の腕がカルヴィンへと伸び、易々と捕らわれてしまった。 「ようやくわたしの物になる気になったか――」  浅い呼吸を繰り返すまま見上げれば、バランの頭上にある外灯の薄明かりに引き寄せられた一匹の蛾が舞っている。そうかと思えば蛾は力尽き、羽ばたきを失って落下した。あの蛾はシャーリーンの人生のようだと思った。公爵という地位や金、そして美貌を兼ね備えたバラン・ド・ゴドフリーはシャーリーンを引き寄せ、その手で命を奪ったのだ。  けれども自分は違う。バランなんてどうでもよかった。  ぼくが欲しいのはただ一人。バランのおぞましい視線から逃れるために目を瞑れば、脳裏に浮かぶのは夜を思わせる優しい青色の目をした彼。クリフォード・ウォルターだ。  バランに囚われるよりも先に彼に抱かれたのは唯一の救いだった。カルヴィンはやがて訪れる永遠の闇を覚悟した。

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