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3.想定外と予定外(4)
更衣室を後にして、スタッフ専用フロアの階段を降りると、年配の男性が一人だけの守衛室、そして駐車場へと続く扉が見えてくる。
顔馴染みの守衛は新聞に夢中で、宰が小さく会釈をして通りすぎても全く気づかなかった。――が、さすがに扉を開ける音には顔を上げ、遅ればせながらも「ごゆっくり」と背中に声をかけられた。
外に出ると、まもなく程近い場所に設置された灰皿が目に入る。駐車場の一角に位置するそこは構内喫煙スペースの一つであり、主に店の従業員が、給湯室以外で煙草を吸う時に使う場所でもあった。
当然、ヘビースモーカーである柏尾も、もはや指定席と揶揄されるくらいには利用している。ちなみにそう口にしたことがあるのは宰だけではない。
「いらっしゃいませ」
店の敷地を出て、宰が向かった先は近所の喫茶店だった。行き付けとも言えるそのカウンター内から、品良く口ひげを蓄えたマスターが穏やかな声をかけてくる。
窓際の席に座った宰は、日替りランチと食後のコーヒーを注文し、何気なくガラス越しの空を見上げた。
雲ひとつない快晴の青空は目に痛いくらいで、反射的に目を細めてしまう。
店からはほんの数分の距離なのに、日陰を選んで歩いてもじっとりと肌は汗ばんでいた。
そんな真夏日に、よくもまぁああも元気に通えるもんだなと、半ば無意識に優駿の姿を思い浮かべてため息をつく。
『美鳥さーん』
先刻の画面の中の優駿が、今でも自分の名を呼んでいるように思えて落ち着かない。
(ほんとよく飽きねぇよな……)
柏尾の言葉を借りるつもりはないが、結局は同じ感想を抱きながら、宰は運ばれてきた昼食に「いただきます」と手を合わせた。
* * *
「ありがとうございました」
視線の先には、初めて手にした自分の携帯を嬉しそうに握り締め、母親と共にエスカレーターに向かう少女の姿がある。その背に宰が頭を下げると、気づいた少女がはにかむように笑って手を振った。
宰はそれに軽く微笑んで応え、少女が完全に見えなくなってから一つ息をつく。
「美鳥さんの笑顔……」
その横から、ぽつりと呟く声が聞こえてくる。
いつもと同じ端の席に座り、ホットコーヒーを飲んでいた優駿が、あからさまに物欲しそうな表情で宰を見ていた。
「小学生で携帯かぁ。私の時には考えられなかったわ」
「最近は低学年でもそこそこ持ってるみたいですしね」
宰は優駿の方を見ることもなく、ただ同じカウンター内にいる薫には素直に反応する。
「まぁ、その方が親も安心するのかしらね」
「そうかもしれませんね」
優駿がどんな眼差しを向けようと、あくまでも気づかないふりで、テーブルに広げていた資料などを片付ける。
かえって不自然なほどに頑なな宰の代わりに、薫が優駿に声をかけた。
「小泉さんも小さい頃から持っていたのかしら?」
「あ、いえ、俺は高校入ってからです」
「あら、意外」
「けど送り迎えの時とか、身の回りのことをしてくれる人はつけられてました」
当たり前のように答えた優駿に、薫は目を丸くした。
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