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3.想定外と予定外(5)

「あー、何て言うのかしら。じぃやとか? そういうの?」 「はい、そんな感じです。俺の場合は女の人でしたけど」  薫が「へぇ」と少し高い声を漏らす。  顔を上げずに聞いていた宰も、「やっぱ住む世界が違うな」と密やかに苦笑した。 「あ、悪いけど休憩入るわね。ちょうど時間だし」  と、いつの間にチェックしていたのか、言いながら薫が席を立つ。時刻は確かにその通りだったが、そのことに気づいていなかった宰は一瞬「えっ」という顔をした。 「珍しいわね。もしかして気づいていなかったの?」  宰の背後をすり抜ける際、薫はからかうようにそう耳打ちした。けれども、それに対する返答を待つことはなく、そのままさっさとバックヤードに引き上げて行った。 (何なんだよ……)  女性特有の勘なのだろうか。薫には色々と見透かされているようで宰は思わず舌打ちする。と同時に、何だか自分が自分で解らなくなり、無意識に奥歯を噛み締めた。 「あの、美鳥さん?」  そんな宰の様子に、優駿がおずおずと口を開く。僅かにだが腰を浮かせて、距離があるのに顔を覗き込むような格好で首を傾げた優駿は、 「どうかし」 「何でもねぇよ」 「えっ……」  被せるように言われて少ししゅんとなる。 「……いえ、何でもありませんから。気にしていただかなくて結構です」  必要以上に冷たい口調になってしまうのは、原因が原因だからだろうか。  自分のペースを保つのは得意なはずなのに、優駿が絡むとどうもそれがうまく行かなくなっている――気がし始めていた。 「それで今日は何の用なんですか。用がないならそろそろ……」  思考を切り替えるようにも、今度は自分から問いかける。すると優駿は見るからに嬉しそうに笑みを浮かべた。単純だ。 「あの、冬休みに入ったら、友達にスノボ旅行行こうって誘われてるんですけど……」 「スノボ?」 「はい」  宰は目を瞬かせた。 「それって私に関係ありますか?」 「四泊五日なんです」 「は?」 「それとは別に、年末年始はどこかで実家にも帰らなきゃならないから、最低でも一週間、もしかしたらそれ以上こっちには帰ってこられないかもしれないんです」  優駿は両手で拳を作り、身を切られるような思いだとでも言うように真摯な表情で宰を見詰めた。 「やっぱり断るべきでしょうか……」 「どうしてですか?」 「どうしてって……」 「……小泉さん?」  何が言いたいのかは何となくわかった。  わかったからこそ、他人事のように、笑みすら浮かべて見せた。 「結構なことじゃないですか。せっかくの機会なんだし、ゆっくり楽しんで来たらいいですよ」 「――…」  そんな胡散臭い笑顔でも、優駿には十分だったようだ。宰が微笑んだ瞬間から、すっかり見惚れたようにぽーっとして動かなくなった優駿は、ややしてはっとしたように背筋を伸ばし、ぶんぶんと頭を振った。 「あっ、じゃあ、良かったら美鳥さんも行きま」 「行きません」 「……ですよね」  優駿の見えない犬耳が垂れる。宰よりもずっとでかい図体をして、これでもかと言うくらい小さくなっている。  宰は仕方ないように嘆息し、 「……年末年始は私もどこかで連休をとりますから、どうせ毎日来てもいませんよ」 「え、じゃあ元旦の初美鳥さんは」  初美鳥さんってなんだよ。  心の中で冷静に突っ込みながら、 「初売りは二日です。私が出勤しているかどうかはわかりませんが」  気がつけば、結果的に慰めるような説明をしていた自分にも、「何なんだよ」と内心呟かずにはいられなかった。

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