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3.想定外と予定外(6)

   *  *  *    「帰ってきたら、いえ、実家からでも時間が出来次第会いに来ますね!」  と、頼んでもいない予定を声高に宣言し、優駿が店に顔を出さなくなって三週間。  一週間、長ければもっと、とは聞いていたが、それが三週間以上にもなるとは正直宰も予想していなかった。  さすがにあれだけ頻繁に顔を見ていた優駿が一月近く来ないとなると、店でも様々な声が上がり始める。 「何かあったのかしらね。雪山で遭難したとか」  とは薫の談で、けれども、仮にそうだとしたらどこからか噂が聞こえてくるだろうから、その心配はしていない。  ちなみに、宰に振られたからと言う理由で来なくなったとは誰も思っていないようだった。例え振られたところで、そう簡単に引き下がるようには見えないからだそうだ。 「美鳥、ほんとに何も聞いてないの」 「何もって、なんで俺が……」 「いや、個人的にさ、一言連絡くらいなかったのかなって」 「連絡先教えていませんから」 「へー」  行きつけの喫茶店で独り昼食を摂っていたら、後から入ってきた柏尾が当たり前のように宰の正面に座った。  柏尾は宰と同じランチセットを頼み、 「インフルエンザにでもかかって寝込んでんのかね」 「さぁ」  先に食事を始めていた宰とほとんど同じタイミングでその全てを食べ終えた。  別に示し合わせて一緒に食べているわけでなし、できれば先に店を出てしまいたかったのに、残っている食後のコーヒーが同時に運ばれてくるとそれもなかなか難しくなる。  それでものんびり付き合う気にはなれず、宰は早速カップに口を付けた。 「ところで、今夜どう?」  宰とは裏腹に、柏尾は緩慢に灰皿を引き寄せ、煙草に火を点けると、マイペースに頬杖をつく。  そして軽い挨拶のように言いながら、細く紫煙を吐き出した。 「ここんとこないよね、お前から言ってくんの」 「……別に、他意はありませんよ」 「そ? じゃあ、決まりな」 「……まぁ、いいですけど」  いつもなら、「どう?」「いいですよ」と交わして終わるだけの会話が、何となく歯切れの悪いものになる。  心のどこかに、今までになかった迷いが生じ始めていた。  頭の片隅を、優駿のあのひまわりのような笑顔が過る。かと言って、何も言わずに三週間も顔を出さない相手のことを気にしているのかと思うと、それはそれで認めたくない。  宰はコーヒーを飲み干すと、傍らに置いていたコートを手に腰を上げた。  そして柏尾を待つことなく、「お先です」とだけ事務的に残し、会計に向かった。 (寒……)  聞き慣れたドアベルの音を背後に店を出て、コートに袖を通しながら何気無く頭上を仰ぐ。  冴え渡る青空。冬の空は宰の心とは正反対に潔い。 (はぁ……)  半ば無意識に漏らす溜め息が、白く溜まっては風に流される。キンと冷えた空気に耳の先が微かに痛んだ。 (何が時間が出来次第、だ。もう学校も始まってんだろ……)  考えないようにしようとすればするほど、優駿のことが頭から離れない。そんな自分にますます苛立ちが募り、 (ああもう、それもこれも……)  優駿がまれに見る迷惑な常連客だからだ、と強く自分に言い聞かせ、宰は職場へと戻って行った。

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