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3.想定外と予定外(7)

     *  *  *    数日後、宰が休憩から戻ってくると、カウンター端の席に見慣れた後ろ姿があった。その背中を見た瞬間、不覚にも小さく鼓動が跳ねた。 「戻りました」  それを他人事のように黙殺し、宰は薫に声をかける。その声に、薫が反応するより早く振り返ったのは優駿だった。 「美鳥さん!」  ガタッと椅子を倒す勢いで立ち上がった優駿は、そのまま美鳥の傍へと飛んでくる。 「すみません、俺、こんなに時間空けてしまって」 「別に謝らなくて結構です。約束していたわけでもないですし」 「してましたよ!」 「してませんよ」  すげなく言い放ちながらも、心のどこがでほっとしている。そんな自分に気付かないふりをして、宰は努めて平板な態度で仕事に戻る。  カウンター内に入ると、薫に休憩を取るよう促し、再び定位置に座る優駿を尻目に読みかけていた新機種の仕様書を手に取った。 「じゃあ、休憩行ってくるわね。今特にお客様はいないから。……あ、小泉さんを除いて、だけど」  宰と入れ替わるようにカウンターを後にした薫が、去り際に耳打ちした。 「良かったわね、来てくれて。特に雪山で遭難していたわけじゃなかったみたいよ」  言われている意味がわからず、思わず薫の顔を見るが、薫は「じゃあね」とひらひらと指を動かし、踵を返しただけだった。 「さっき薫さんにも話したんですけど……」  目も合わせてもらえないのに、優駿はひたむきに宰を見詰めている。  一月近く振りでもまるで変わらないその眼差しに、宰は今まで以上に落ち着かない心地になった。 「その、俺……、年末から帰省して、旅行行って、帰省して……で」 「別に話してくれなくていいですよ」  宰は紙面から顔を上げることなく、突き放すように言った。  どのみち薫に話したことなら自然と話題にも出るだろうし、そもそも「美鳥さん美鳥さん」と言うわりに、先に話したのが自分じゃないと言うことが何となく気に入らなかった。 「あのっ、俺、ちょっと体調崩して……」 「だから言わなくていいですから」  大方そんなところだろうと思っていた。想定内の理由に、宰がそれ以上の言葉を阻むと、優駿は一旦言いかけた言葉を飲み込むような様子を見せた後、 「……俺、本当に会いたかったんです」  僅かに顔を歪ませて、そう告げたときには珍しく視線を落としていた。  宰は下を向いたまま、そっと視線だけを動かして優駿を見た。 「……」  泣いているのだろうか。だとしたら自分も少々大人げなかったかもしれない――。 「俺!」 「え」  と、反省しかけたことをすぐに後悔する。  次の瞬間、優駿は勢いよく立ち上がり、つかつかと宰の正面に回り込むと、 「これからはほんと、これまで以上に会いに来ますから!」  カウンター天板に両手をつき、決意も新たにという様相で真っ向から啖呵を切った。  宰は思わず顔を上げ、ぽかんとした表情で絶句していた。そんな宰に、優駿はトレードマークとも言える明るい笑顔を見せて、 「じゃあ、今日は帰りますね!」  それすら無駄に力強く、そしてくるりと踵を返し、店を出て行った。

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