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4.想定外と予定外2(5)

 柏尾は一つ瞬いて、それから苦笑気味に破顔した。「へぇ」と相槌を打つだけ打って、それ以上はやはり何も触れてこない。  それをいいことに、宰は空になったビールの缶をサイドテーブルに置いた。逸らしていた視線を柏尾に向けて、 「話は終わりです」  言いながら、柏尾の顔をじっと見詰める。 「だから、もう、いいですよ」  淡々と、それでいて誘うように声を漏らす。  一気飲みしたアルコールの影響もあってか、見上げる眼差しは再び緩み始めていた。  薄っすらと濡れた双眸を細めて見せると、溜息混じりに微笑んだ柏尾の顔が近づいてくる。 「――…」  宰は唇に隙間を作る。自分からも顎を浮かせて、間合いが詰められるにつれ視線を落とす。温かな呼気が口許を掠め、唇がいまにも触れそうになった時、 「そう言えばお前、年末年始にコイくんがどんな状態だったか、ちゃんと聞いてやった?」  不意に思いがけない質問を――名前を聞かされ、宰はぴたりと動きを止めた。 「……何でこのタイミングでそれを聞くんですか」 「このタイミングじゃないと聞けないかなって?」  しかも、その言い回しは過日のやりとりをあえて再現しているようで、 「まぁ、聞いてないよな」  不本意ながらも目を背け、聞こえよがしに舌打ちしても、よく見れば片手にビールを持ったまま、平気で話を続ける柏尾にはもう閉口するしかなかった。 「俺もなぁ、直接聞いた訳じゃないし……、っていうか、店の誰もコイ君から詳しい話は聞いてなかったんだけどな」  その言葉に、宰はふと目を上げた。 「え……少なくとも薫さんは聞いてたと思いますけど」 「あぁ、忙しかったり、体調崩してたって話だけはな。それくらいなら俺も聞いてたけど、その詳しい内容までは薫さんも聞いてなかったって」 「そう……なんですか?」  優駿が自分で薫には話したようなことを言っていたのに? 「俺がさ、冗談で言ってたろ、インフルエンザにでもかかってんのかなって」 「はぁ」 「あれ、当たりだったんだよ」  柏尾は一旦身を離し、僅かに肩を竦めた。 「最初はな、ごくごく普通の風邪だったんだと。けど、それが治る前に無理してこじらせて、そこに毎年の集まりに来てたいとこ? 親戚? だかから運悪くもらっちゃって、とかなんとか……」  残っていたビールを飲み干し、空になった缶を宰と同じサイドテーブルに置きながら、 「回復したら回復したで、その間できなかった家のことにも追われてたみたいだしなぁ」  と、続けられる柏尾の説明を宰は黙って聞いていた。 「まぁ、そういうことで、あの時期、あの子が相当ばたばたしてたのは本当らしいから」 「別に、俺は」  最初から優駿が嘘をついているとは思っていません――。  途切れた言葉の先を、心の中で独りごちる。  そのわりには、ちゃんと話を聞いてやらなかったじゃないかと、それならそれで、もっと話を聞いてやるべきだったのではないかと思う自分もいて、そんな矛盾した自分に今更ながら少しだけ後ろ暗いような気分になる。  宰が頑なに話を聞こうとしなかったのは、そもそも優駿が先に薫に全てを話してしまったと思い込んでしまったからで、かと言ってそれが勘違いだったと知ったところで、今更どうにもならないことは明白だ。 (無理して、こじらせて……)  それはもしかしたら自分のせいだろうか?  気がつくと俯くように視線が落ちていて、その視界を急に影が覆った。

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