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♥4.想定外と予定外2(6)
はっとして顔を上げると、不意をつくように押し倒される。突然のことに反応が遅れ、それでも何か言おうと開いた口を、遮るように唇で塞がれた。
「っ……ん、んんっ……!」
頭を振って逃れようにも、顎をとらえる手がそれを許してくれない。
離れさせようと胸を押し返しても、酒の影響か柏尾の身体はびくともしなかった。
歯列を割って入り込んできた舌が、宰のそれを絡めとる。吸い上げながら甘噛みされると、余計に力が入らなくなった。
「な、んなんだよ、いきなり……っ」
宰から抵抗の色が薄れると、柏尾はようやく唇を離し、からかうようにふっと息を吹き掛けてきた。
「だからさ、そろそろコイ君にも優しくしてあげなよ」
「はぁ……?」
「ってね、さすがに俺も思うわけ」
近すぎる距離に、嗅ぎ慣れた煙草の香りがする。
「……そう思うなら、そこどいてください」
「え? それとこれとは別でしょ」
宰は唖然と目を見開いた。
実際、宰はもう先程までのような気分ではなくなっていた。
さすがにこんな気持ちのまま、何事もなかったように流されてしまうのは違う気がする。
「ここに来た目的、忘れたわけじゃないよな?」
けれども、戸惑う宰を他所に、柏尾は口許、頬、目元へと唇を滑らせて行く。こめかみを通って耳元までその位置を変えると、
「熟睡、させてやるから」
いつになく有無を言わさないような声でそう囁いた。
* * *
週末の公休日、行きつけの美容室を後にした宰は、その足で近所のファーストフード店に立ち寄った。遅めの昼食を取るためだった。
レタスとトマトのハンバーガーに、皮付きポテトのSサイズ。それにアイスコーヒーを付けた軽めのセットをトレイで受け取り、窓際のカウンター席に座ると、
(いちいち送らなくていいって言ってんのに)
そういえば、と取り出した携帯の画面を確認しながら、揚げたてのポテトを一本かじった。
画面上にはメールが一通開かれており、送信者の表示はチーフ、その内容は〝朝イチで来てたよ〟だった。
(小泉も小泉だけど……チーフもそんな暇なのかよ)
優駿が自分のいないときにいつ来たかなんて、別に知りたくもない。そう何度も言っているのに、柏尾は面白がるようにメールを送ってくる。
ちなみに宰はスマートフォンを持っていたが、流行りのアプリ――特にSNS関係――などはほとんど入れていないため、柏尾からの連絡もメールか電話に限られていた。
(にしても、ほんと飽きねぇな)
いつものカウンター席に座る優駿の姿をぼんやり思い起こしながら、バックライトが切れたのを機に、携帯をテーブルに置いてコーヒーを飲む。
その傍ら、何気なく視線を窓の外に向けると、ちょうど学生らしき集団が入店しようとしているのが見えた。
(うるさくなりそうだな)
宰は小さく息をつき、窓外からトレイに視線を戻した。
人数からして使うのは二階席だろうが、それでも店内がより忙しなくなるのは想像に難くない。場所が場所だけに、取り立てて静かに過ごせると思っていたわけではないけれど、できれば騒がしくない方がありがたいのは確かだった。
(……食ったらとっとと出るか)
どのみち長居をするつもりはなかったのだし、と、宰はそう心に決めて、ハンバーガーの包みを開けた。
その矢先――。
「美鳥さん!」
突然、外側から窓を叩く音がして、と同時に聞き覚えのある声が呼んだのは、明らかに宰の名前だった。
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