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4.想定外と予定外2(8)
「美鳥さん?」
見詰められるたび、名を呼ばれるたび、心臓の音がどんどん大きくなっていく。
宰は思わず目を逸らし、前髪で顔を隠すようにして食事を再開した。
宰の髪はもともと長めだったが、今日は切りたてのため少し短い。そのせいで思ったより視界は狭まらず、今更切りすぎたかもしれないと見当違いな後悔が頭を過る。
「何でもねぇよ」
結果、辛うじて言い返せたのはそれだけで、とにかく食べきったのを理由に、それこそ逃げるように立ち上がろうとした。
「あれ、優駿? お前こんなとこで何してんの?」
そこに背後から声がかかる。
目を向けると、席から少し離れた場所に、優駿と同じ学生らしき青年が意外そうな顔で立っていた。
「香坂」
「なかなか来ないから、またどっかで捕まってんのかと思ったぜ」
香坂と呼ばれた青年は、優駿の傍まで歩いてくると、長めの金髪を掻き上げながら宰を見遣った。
「こいつ、そこらのビラ配りの話なんかもいちいちまともに聞いてやったりするから、連れて歩くの大変なんスよね」
トレイを持ったまま、固まってしまった宰に、青年は苦笑混じりに優駿の肩をぽんぽんと叩いて見せる。それから再び優駿、宰と視線で辿り、
「けど、なんだ。たまたま知り合いがいたとか、そういうこと?」
最後にまた優駿の顔を見て、僅かに首を傾げた。
「知り合いと言うほどの者じゃありませんよ」
宰は気を取り直して立ち上がる。
青年が「え、そうなの?」と不思議そうな顔をする横で、優駿が「えっ」と戸惑うような声を漏らした。
「じゃあ、失礼します」
構わず椅子を戻して歩き出すと、慌てたようにその後を追ってくる気配がする。
「あの、もし明日空いてるなら、食事でもどうですか。俺、奢りますから」
「あなたに奢られる理由がありません」
人懐こい子犬のように纏わりついてくる優駿を尻目に、トレイを返却する場所に置いて、ゴミを捨てる。
優駿は「そんなこと」と反論しかけたが、それを阻むように宰は続けた。
「そもそも……それはあなたが稼いだお金じゃないでしょう。そんなことに使わずもっと大事にしてください」
すると優駿は一瞬切ないような顔をして、それでも懲りずに宰の前に回り込んだ。
そしてまともに優駿の方を見ようともしない宰に明るい笑顔を向けて、
「じゃあ、月曜日にまた会いに行きますね。その次の日も、その次も……必ず行きます。春休みにも入ったことですし、時間はたくさんありますから」
と、またしても一方的に言い切った。
(……変わらねぇな)
出会ったときからとにかくまっすぐなところは。
思い返すと胸の奥が少しだけざわついたけれど、宰は何も言わずにそのまま店を出て行った。
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