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5.苛立ちと躊躇い(1)

 春休みが終わっても、三年生は必須講義が少ないからと、優駿は相変わらず店に入り浸っていた。  大学一年の時から通い始め、まったく何の進展もないまま、もうすぐ三年目に入ろうとしている。これにはさすがに周囲も呆れたり感心したりを通り越して心配になったりもしているみたいだが、それでもまるで挫けること無く優駿は宰に会いに来る。  一体いつになったら飽きるのだろう。他にいい人でも見つかればすぐにでも来なくなるのだろうに。   宰だってそう思っていたものの、それとは裏腹にエスカレーターの方を気にする回数は増えていた。もちろん、それを本人が認めることはないけれど。  そんなある日の夕方、ふと目に留まったのは派手な金髪頭だった。エスカレーターが昇るにつれて明らかになったその風貌は、先日、ファーストフード店で少しだけ言葉を交わした男に似ていた。 「あ、いた!」  否、どうやら本人だったらしい。あの時、優駿が香坂と呼んでいた男に間違いないようだ。 「へー、ほんとだ。ほんとにここであってた」  香坂は宰の姿に気づくと、ひらひらと片手を振って、まっすぐカウンター前へとやってきた。 「あ、優駿じゃないですよ。他のヤツが、あの時――あのファーストフード店であなたの顔見てて、ここで携帯変えた時にいた人だって覚えてたんです」 (別にまだ何も言ってねぇよ)  思いつつも、宰はひとまず営業スマイルを浮かべて見せた。  そのどこか含みのある言い様からも、何となくやりにくそうな相手だと思ったが、かと言って薫は今席を外しているし、他のスタッフもフロアで接客中ではどうしようもない。  いつもならとっくにカウンター端の席を陣取っているはずの優駿も、こんなときに限って未だ姿を見せないし――。 「用件をお聞きします」  仕方なく、宰は当たり障りの無い表情で端的に尋ねた。 「じゃあ、率直に言いますね」  香坂が正面の椅子に座ったのを見て、僅かに居住まいを正す。すると香坂は口許に片手を添えて、内緒話でもするように小声で言った。 「優駿ね、バイト禁止されてるんですよ」 「……は?」 「だから、優駿はバイトできないんですって」  もしかしたら、携帯に関する話ではないかもしれない。一応予想はしていたが、いきなり振られた話がそれでは宰も反応に困る。  そんな宰を他所に、香坂は一つ息を吐き、 「あいつの家がすごいの知ってますよね? 年末年始も家のことで忙しくしてたみたいだし。――前にあいつ言ってたんですよ、何かバイトやってみたいって。けど、外でバイトするくらいなら勉強しろって。時間があるなら家の手伝いをしろって言われたらしくて」  時折肩を竦めながら、ほとんど一方的に話し続ける。 「家の手伝いでも、望めばバイト代は出るらしいんですよ。でもそれじゃ意味無いとかって。あと、いちいち実家帰ってたら時間がなくなるからって」 「……時間」 「俺らと遊ぶ時間が、じゃないですよ。好きな人に会いに行く時間がなくなるって、そう言うんです、あいつ」  相変わらずのひそひそ声で、 「要は、それくらい本気みたいで」  なのにそこだけ突然普通の声で。と同時に、目にかかる金髪を掻き上げ、優駿よりも鋭い眼差しで宰を見据えてきた。  おかげで宰は再び返答に窮した。 「別に、だからどうって話じゃないんですけどね。俺、今日はほんとに機種変しに来ただけですし」  宰が何も言えないでいると、ややして香坂はふっと表情を緩ませた。人好きのしそうな笑みを浮かべ、口調もどこかふざけるような軽い調子に戻して、 「てことで、機種はもう決めてるんで、手続きお願いします」  言いながら、カウンターにおいてあった最新機種のリーフレットを指差した。

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