27 / 93
5.苛立ちと躊躇い(2)
変更後の端末が用意できるまでの時間を、香坂はそのまま席に座って待っていた。しかも、
「俺、人の顔覚えるのは苦手なんですけど、機械にはわりと強いんですよね」
「そうですか」
もしかして他にも優駿に関する話をされるのだろうかと思っていたら、出てくるのはそんな他愛のない話ばかりで、
「店(ここ)に来るのも別に初めてってわけじゃないし……。でも、店員さんもいちいち客の顔まで覚えてないでしょ?」
「そうですね」
かと言って自分から聞けるはずもなく、宰は微妙に気まずいような心地のまま機種変更に必要な手続きを済ませる羽目になった。
そうして三十分ほどの時間で全てを整え、新しい端末と箱などが入った紙袋を手にカウンター前に戻ると、途中、戻ってきた薫が用意したアイスコーヒーを飲んでいた香坂に改めて声をかけた。
「お待たせしました。こちら、用意できましたので」
「あ、ありがとうございます」
差し出された携帯を受け取った香坂は素直に顔を綻ばせ、
「二年以上経ってたんだけど、変えたいと思う機種もなかなかなくて。ここは不要なオプションを色々つけたりもないからいいですよね」
「オプションに関してはあくまでも任意ですから」
「そうですよねぇ」
うんうんと強く頷いて、かと思うとおもむろに全ての荷物をまとめて立ち上がった。そしてそのまま丁寧に椅子を直すと、
「お世話になりました」
それだけ残してあっさり踵を返してしまう。その姿に、宰は思わず「えっ」と声を漏らしそうになった。
自分で機械に強いと言っていたくらいだ。後のことは何の説明もいらないのだろうことはわかる。わかるが、こんなにもあっけなく帰ってしまうなんて、正直予想外だった。
「あ、そうだ」
けれども、数歩進んだところでその足がピタリと止まる。次いで何かを思い出したようにくるりと体の向きを変え、再び宰の前へと戻ってきた。
「優駿のことなんですけど」
案の定、話題は優駿のことだった。
結局予想通りとは言え、またかと内心げんなりする宰に、香坂はなんでもないみたいにさらりと告げた。
「優駿ね、今日入院したんですよ」
それは予想外の言葉だった。
「良かったらお見舞い行ってやってください」
もちろん、それも予想外だった。
ともだちにシェアしよう!